新人セラピスト(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)とリハビリ学生を応援するためのブログ

理学療法士を目指したきっかけと現在

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こんにちわ!きんたろーブログ(@kintaroblog)です!(^^)!

 

今日リハ中に患者様からこんなことを言われました。

 

「あなたはなんでこの仕事を選んだの?」

 

さて、皆さんも現在理学療法士や作業療法士になられている方なら、そもそも資格を取る前にこの職業に就こうと決めて、そして養成校に進学したのではないでしょうか?

 

僕も、今日この質問を患者様からされて自分がなぜ“理学療法士”という職業を目指したのか。

 

そのきっかけというのを改めて思い出してみました。

 

そこで今日は僕が理学療法士を目指したきっかけと現在に至るまで題して、これまで当ブログで自己紹介的な部分をあまり書いてなかったのでこれを機会に少し書いていこうかと思います。

 

私事の話になり大変申し訳ありませんがどうぞよろしくお願いいたします。

理学療法士を目指したきっかけ

僕のこれまでの人生にはいつも“野球”がありました。

小学生の頃に父親から無理やり入部させられ最初は大嫌いだったはずが、気づいたら高校では甲子園を目指し、社会人では都市対抗野球の全国大会を目指し、野球一筋の人生を送っていました。
とはいうものの、そんな上手いわけではありません。

高校では背番号をもらうことに精一杯。

ベンチに入ったとしても、せいぜい声出し要員といったような感じのレベル。

こんな風にいったら、何だか半ば諦めているように聞こえるかもしれませんが(笑)

決してそんなことはありません。(笑)

というのも、僕は自宅から遠方の高校に入学したのでその関係で寮に入っていました。

そのため部費、寮費、遠征費など金銭面含め沢山迷惑をかけていた親に少しでもかっこいいところを見せたいという思いが強かったから当時は死に物狂いで練習していました。

だけど、中々思うようにならないのがスポーツというもので。

そんな時…

「このままずっと誰かの背中を見続けて人生過ごすのかなー。」

と、ふと思ったタイミングがあったんです。

 

同時に。

「変わりたい」

こう思うのに時間はかかりませんでした。

野球を引退してから自分の進路をどうするか悩んだ時に、野球をしていたこともあり「怪我」と遭遇することが非常に多かったことを思い出しました。

その時に、咄嗟に

「これだ!」

と思ったんです。

選手としては一番にはなれないけれど、サポートする側ならもしかしたら誰かの人生に影響を与えられるんじゃないかと。

そしてその時に抱いた夢は「プロスポーツ選手の専属トレーナーになりたい!」です。

とまあこんな感じで医療の道へ進むことを決意した次第でございます。

「一番になりたかった学生時代」

理学療法士になろうと決め高校を卒業した後は、福岡にある理学療法士の養成校に入学しました。

 

この時の僕の目標は「成績で一番を取り続ける事」でした。

この理由はいくつかあるのですが、まず一つは“両親への申し訳なさ”があったからです。

 

僕は高校までずっと野球中心の生活で部費や遠征費、はたまた高校では寮生活をしていたので寮費なども全て両親が出費してくれました。

 

ただ、僕は高校時代“機械科”という学部を先行していたので高校を卒業したら就職するものだろうと、僕も最初は思っていたし、両親もそう思っていたと思います。

 

しかし、やがて進路が就職から進学に変わり、そのことを両親に相談すると最初はかなり驚いていましたが何とか専門学校まで行かせていただくことになりました。

 

ということで、進学後は福岡で一人暮らしをするための費用や学費などまたまた両親に支援していただくことになったんです。

 

今までの人生は野球しかやってきておらず勉強なんて二の次だと思っていました。

 

しかし専門学校に入るということは、勉強をするためであり、なおかつ勉強させてもらうために親にお金をいただくということになります。

 

今働きはじめて、少しお父さんやお母さんの目線になってみて考えてみました。

 

…めちゃめちゃ不安だっただろうな。と(笑)

 

高校まで全く勉強なんてやってない人間が、進学するうえにしかも医療系なんて、絶対についていけないだろうと。

 

それなのに、あえて自分を信じて高い学費を払ってくれながら進学させていただくことへの申し訳なさというのはかなりあって、逆にこれは僕の中ではものすごく大きなモチベーションでした。

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“何が何でも良い成績を取って両親に恩返しする!”

ということを誓って専門学校に入学しました。

 

そして「一番を取り続ける事」と決めたもう一つの理由は単純に一番になってみたかったからです。(笑)

 

高校時代どんなに頭のいい人だろうと、医療の分野となれば皆スタートラインは一緒なわけです。

 

ということは、自分にも一番になれるチャンスはあるんじゃなかろうか・・・

 

という野望をずっと抱いていました(笑)

 

これらの動機があったおかげもあり、今無事に理学療法士になれているのかな?

 

と思うので、今でも当時の動機はあってよかったなと思っております。

「痛み」そして「脳卒中」との出会い

入学当初はとにかく

 

・何をすればプロスポーツ選手のトレーナーになれるのか。

・どうすればスポーツリハの第一線で活躍できるのか。

 

こればかりずっと考えていました。

 

ですので最初興味のあった学問といえば解剖学やスポーツ医学の分野です。

 

ただスポーツなのになぜだか運動学は大嫌いでしたね(笑)

きっと計算があったからだと思いますが…(笑)

 

しかし、そんな僕に転機が訪れます。

臨床実習です。

 

臨床実習は全部で三回あったのですが、その中の一つの実習地で僕が担当した患者様が椎間板ヘルニアによる「痛み」を抱えていました。

 

担当させていただいたので、とにかく主訴である「痛み」をどうにかしなくちゃ。

 

ということで必死に勉強しました。

 

ただ、思いとは裏腹に全然痛みがなくならないんです。

それで、「どうしたものかなー。」と頭を抱え込んでいた時に、ふと

「痛みってなんなんだよ・・・」

と思ったわけです。

 

そこから、「痛み」を片っ端から勉強する日々が始まりました。

 

そして、その時に出会ったのが「脳科学」です。

 

というのも、このブログでもいくつか取り上げてますが、痛みと脳機能というのはかなり密接に関わっています。

 

そうして「痛み」を勉強していくとだんだんと脳機能にすごく惹かれはじめていき、そのうち

「脳機能を障害されている脳卒中の人ってどんな世界で生きてるんだろう」

という疑問が湧いてきました。

それからというものは、本来理学療法を目指したきっかけになったスポーツの分野には一つも興味がなくなり、好きな学問も解剖学系統から神経心理学や認知科学の分野へとシフトしていき、現在に至っています。

最後に

以上が、理学療法士を目指した時の僕から現在に至るまでの僕になります。

 

ここ至るまでの自分の目指すべき方向性というのは沢山紆余曲折しながら来て、当初目指していた方向性とは現在は全く違う分野にいます。

 

しかし、その紆余曲折こそが今の自分をつくているんだなー。といまこのブログを書きながら感じています。

 

叶えたい目標が沢山あって、なりたい自分が沢山あってと、時には自分の軸がなくブレブレで進んできましたがそのおかげで、多くの分野を勉強することができ、それがあったからこそ「痛み」との巡りあわせがあったのかなと思っています。

 

もしいま、目標や夢が明確ではない。もしくはたくさんありすぎてぶれている。

という人がいれば、まずは一度長期計画は考えずに、“今自分が一番気になっている疑問”を解決することをお勧めします。

 

すると意外にも自分の好きな分野というのはこちらから働きかけずとも、向こうから来てくれる場合もあるのではないかと思います。

 

それでも何も疑問が浮かんでこない。分からない。という人がいれば

 

「もしも自分の両親が脳梗塞だったら」

「もしも自分の両親が骨折したら」

 

と、もしも自分の両親が~だったらと考えてみてください。

 

そしてその後に

「今の自分に何が出来る?」

と自問してみてください。

 

そうすると、いま自分がすべきことなどがわずかでも見えてくるのではないかと思います。

 

今日は、ただの僕の自己紹介と誰の得にもならない内容となり申し訳ありません(笑)

 

最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。

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