リハビリテーションとは何か?
私達、セラピストの一般的な認知度としては「リハビリをする人」といった様に世間一般的には思われていると思います。
さらに、私達が働く土俵も「リハビリテーション室」というところが大部分ではないでしょうか?
しかし、リハビリテーションって一体何なんだろう・・・・・
と深く考えたことがあるでしょうか。
僕は最近このテーマについてすごく考えることがあります。
というのも、時々自分がやっている医療行為が患者様にとってどんな意味があるのだろうとふと考える事があるからです。
治療?
動作遂行能力の向上?
社会復帰?
運動の指導?
などなど沢山それらしい言葉は挙がりますが、仮に機能障害が治療できたとしても、その先にある活動や行為に結び付かなければそれはセラピストのエゴだし
逆に、患者さんは「これを治してほしい」といっているのに、それらのdemandを無視して動作遂行能力の向上ばかりに目を向けるというのも、これもまたエゴなのかなと・・・
といったようにリハビリテーション自体の目的が曖昧だと、本来自分が何をすべきなのか分からなくなる時があります。
そこで一度、根本であるリハビリテーションの定義をみなおしてみました。
リハビリテーションとは「全人間的復権」であるとされています。
つまりこれは
「人間らしさを取り戻す」
と言い変えても良いのではないでしょうか。
とすると、身体が治ることが人間らしさ?
動作遂行能力が上がれば人間らしくなる?
と僕はこれを常に自問しています。
そうすることで、自分のやりたい治療や訓練、エゴ的な考えから一度離れる事が出来るからです。
ただし、この「人間らしさを取り戻す」ということを考えてリハビリテーションを提供する場合
それはつまり「人間らしさとは何か」という疑問に答えなければ
「人間らしさを取り戻す」というのはできません。
しかし、人間らしさなんてものは定義づけられてなくて、これを考えるともはや哲学の部分に入っていきます。
ということは、定義がないので
「人間らしさ」
これは、一人ひとりの考えや理念といったものが当てはまってくるのではないか。と思うのです。
つまり、あなたが思う「人間らしさ」をきちんと自分の中で持っていることができれば、それが正解ではないかと思うのです。
例えば「笑顔」
もしあなたが「笑顔」こそ人間らしさの象徴だと思うのならば、もう一度患者様の「笑顔」を再び取り戻すことだけを必死に考える。
ただ、1つ注意したいのはあなたが思う「人間らしさ」を患者さんに押し付けてはいけない。
ということです。
押し付けてしまうと、最初に言った「エゴ」に逆戻りだからです。
もし、あなたが思う「人間らしさを取り戻す」という目標を掲げても、患者様が違う目標を見出していたのであれば、そこは必ずすり合わせが必要です。
そうでなければ、お互いが1つのゴールに向かって前向きに努力する事が出来ないからです。
ですので、あなたが思う「人間らしさ」にプラスして患者様のdemand。
ここを足して目標を創発していく。
このプロセスが大事なのではないかと思います。
さてでは、皆さんに質問です。
皆さんにとって「人間らしさ」とは何でしょうか?
この問いに答えることが出来れば
もし今現在、「自分何やってるんだろうなあ」なんて思いながら毎日セラピストとしての仕事をしている方も悩んでいる今より少し、やらなければならない事というのが見えてくるのではないでしょうか。
一人ひとりが思う「人間らしさ」を回復させてあげることが私達の仕事だと僕は思っています。