新人セラピスト(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)とリハビリ学生を応援するためのブログ

運動の自由度問題①

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巧みな運動が起こせるのは一体誰が司令塔なのか

 

こんにちわ!きんたろーブログ(@kintaroblog)です!

私達ヒトは、あらゆるバリエーションに富んだ行為や巧みな運動を行えます。

 

様々な環境の変化にも対応でき、すぐに順応して新たな行為を創発する身体を持っています。

 

例えば、人混みの中を上手にぶつからないように歩いたり、平均台の上を器用に歩いたりと、特に練習などしなくとも、こういった巧みな運動というのがいとも簡単に行えてしまいます。

 

ではここでひとつの疑問。

 

このような多彩なバリエーションに富んだ私達の身体1つ1つの運動は果たしてどのような機序で生じているのでしょうか?

認知神経学の考え方

従来の考え方では、この身体に対する運動司令の1つ1つは大脳皮質が命令しているものだというものでした。

 

要は運動の命令は一次運動野から皮質脊髄路を経由して、末梢神経系にシナプスする。そしてシナプスを受けた末梢神経系(例えば筋皮神経)が対応する筋肉(例えば上腕二頭筋)に作用して、肘が屈曲する。といった運動が行えます。

 

そして、この運動の連続こそが行為になり、行為の中にある沢山の運動は全て脳が司令を下しているというものです。

 

もしかすると、養成校などから最初に習う運動や行為の創発のされ方はこのような機序に基くものかもしれません。

 

実はこれは「認知神経学」という学問から生まれたもので

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「ヒトは脳が司令塔になって身体が動く」

といった考え方を基盤にしています。

生態心理学の考え方

しかしこれまでの認知神経学の考え方を否定する考えが1つ出てきました。

 

それが「生態心理学」という学問です。

 

この生態心理学を創始したのはギブソンという人物で、彼は

身体運動が脳の司令によって生まれるのではなくて、環境と身体の相互作用によって創発されるのだ。

というふうに提唱したのです。

 

これは、『脳は運動司令を行っていない。』

 

ということではなく、行為の連続性の中で果たして全ての運動1つ1つに脳が司令塔として存在しているのだろうか?

といった疑問を呈したのです。

 

ではなぜ従来の認知神経学のような、『脳が司令塔である』という考え方では運動の創発に無理があるのでしょうか?

 

その理由こそ、生態心理学が登場した理由でもあり、また生態心理学が生まれた背景には認知神経学では解決できない1つの問題があったのです。

 

その問題が「運動の自由度問題」といわれるものです。

 

次回からこの続きである、『運動の自由度問題とは何か』といった部分から、ヒトにおける運動の生成機構を書いていこうと思います。

 

 

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