新人セラピスト(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)とリハビリ学生を応援するためのブログ

患者様に怒りが湧いてしまうときがある・・・

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最近ブログにこのような質問がありました。

 

「大変恥ずかしく、セラピストとして失格なのかもしれませんが、私は時々患者様にイラっとすることがあります。

・・・・(省略)

そのような場合どのような対策や対応を行っていますか?」

 

なるほど。

皆さんはどうでしょうか?

「なんで思い通りの結果が出ないんだろう」

「もっと真剣に取り組んでよ」

「もっとこんな風に動いてください」

「もっと集中してください」

などといったように、またそれ以外も含めて患者様に対してイラっとしたことはありますか?

 

正直なことを言えば僕はありました。

 

ただ、それがすごく嫌で、「どうにかしたいなあ」と悩む時期がかなり長い時間ありました。

 

特に一年目の最初の頃にこれが強くあったのを今でも鮮明に覚えています。

 

そして克服するのにも、ものすごく時間がかかりました。

 

なぜなら、頭では分かっているにも関わらず、どうしても感情というのは勝手に湧き上がってくるもので、一度ふつふつ来てしまうと中々引っ込んでくれませんでした。

 

では一体どうやって克服したのか。

 

その一つとして僕が実践したこととして

「期待しない」

ということがありました。

 

期待しないとはどういうことか。

 

例えば、訓練や治療の際にセラピストはあらゆる理論や知識、考えを総動員させた結果患者様に介入していくと思うんですが、その時の心境としては

「これが良くなればこうなるはずだ」

といったような相手に対する期待を持ってはいないでしょうか?

 

また、患者さんに自分が思ったような動きをしてほしいときや、集中してほしい時など、訓練の場面場面で相手に期待することやしてほしいことってかなり多くあると思うんです。

 

僕も最初はこういったことを思っていたんですが、じゃあ結果は?というと。

 

 

思った結果が出ないことや、自分が意図する行動や注意を患者様がやってくれない事の方が圧倒的に多くはないでしょうか?

 

そういったときに、怒りの感情がふつふつと湧いてくる人もいるのではないでしょうか?

 

これは、リハビリテーションに限らずどこでも起こり得ることですが、基本的に私達の怒りの感情というのは期待の無いところには起きません。

 

相手に対する期待値や願望が強い程怒りの感情は強くなるものです。

 

例えば上司と部下の関係もそうではないでしょうか。

 

全く期待していない部下に対して仕事を任せて、仮に失敗したとしても

「まあ。あいつならやりかねん。」

と割り切れますが、信頼している部下に仕事を任せ、失敗すると

「お前には期待していたのに・・・」

と怒りや負の感情が湧き起こります。

 

心理学では「怒り」というのは仮面のようなもので、仮面の下には「期待」や「願望」、「祈り」であったりします。

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これらが叶えられない時、人は未熟な反応として攻撃心が出てくるそうです。

 

これを「欲求不満攻撃説」といいます。

 

さてでは話しを戻しますが、本来患者様(特に脳血管疾患患者)などというのは、注意障害や感情障害などが混在しており、リハに対してセラピストが思うような期待通りの動きをしてくれなくて当然なのです。

 

またさらにこういった際に感じがいされやすいのが、一見軽度と思われるような患者様で、こういった患者様は上記のような障害が「元々の性格の一部」だと受け取られることがあります。

 

障害が重度であれば、やや割り切れる部分もありますが上記のような一見軽度に見える患者様というのは、思い通りに動いてくれない場合、期待値が高いために

「もっとちゃんとしてよ!」

と怒りの対象になる可能性があります。

 

また思うような治療効果がでない患者様に対してもそうですが、患者様の持っている病態というのは本当に複雑なのだと思うのです。

そのため、一つの治療選択が正解なんていうことは本当に難しく、だからこそあらゆる方面からの仮説の立案が必要ではないかと僕は感じています。

 

「思った仮説が当たればラッキー」

 

というくらい、良い意味で「相手に期待しすぎない」

というのが僕が思う怒りをコントロールするポイントではないかと思っています。

 

また、不思議とこちら側の負の感情というのは案外患者様にも伝わっているもので、負の感情をお互いが抱いたままの空気が漂うリハビリテーションの空間から良い結果なんて生めないですよね。

 

アルフレッド・アドラーの言葉を借りるなら

「人の心理は物理学と違う。問題の原因を指摘しても勇気を奪うだけ。解決法と可能性に集中すべきだ。」

 

この言葉は、私達セラピストにとって本当に大事な部分であり考えていくべきところなのかなと個人的に思っています。

 

僕はこの理学療法士という仕事を通して”セラピストとしてのスキルを上げる”ということ以上に、”人間としてのスキルを上げる”ということを身に染みて感じています。

 

というのも、今回お話しした「怒り」の感情をコントロールしたりするのもリハビリテーションだけに終わらず、友人関係・家族関係などでも大いに関わってくるからです。

 

どんな自己啓発本を読もうとも。

どんな立派な心理学の本を読もうとも。

それ以上に

理学療法士として働く。

 

ただこれだけで、どんなノウハウよりも人ととして、人間形成の大きな修行になるのだと強く感じます。

仕事を行い、患者様やスタッフと関わる中で沢山の自分の中の嫌な部分て見つかると思うんです。

 

それと対峙するのか。ごまかすのか。

 

この分岐点を自分で選択するだけで、人として大きな成長を遂げられるのではないかと思っています。

 

さあ!明日も修行です。

自分の嫌な部分と向き合うこともリハビリテーションを行う上での一つのスキルになり得るかもしれないですね(^▽^)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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