新人セラピスト(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)とリハビリ学生を応援するためのブログ

福岡認知神経リハビリテーション研究会

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こんにちわ!きんたろーブログ(@kintaroblog)です!(^^)!

 

先日、『福岡認知神経リハ研究会』の今年の運営方針を決める話し合い(飲み会)がありました。

話し合いの主な内容としては、“今年の定例勉強会をどんな風にやっていくか”というのがメインテーマだったのですが、いくつか挙げられたテーマの中で一つの目標として

 

“質疑応答が飛び交う勉強会”

 

今年はこれを一つ目標にしていくことになりました。

 

ただ、勉強会で質疑応答が飛び交うような環境設定をつくるためには、主催者側が思いを伝えるだけじゃ実現は困難で、いかに聴衆を巻き込むかというのが大きなポイントになりそうです。

 

聴衆を巻き込もうとすると、次に考えないといけないのは『人数』だったり、『ポジショニング(椅子の並べ方)』だったりという目に見える部分のデザインと、『勉強会のハードル設定』という目に見えない部分のデザインが必要です。

 

『勉強会のハードル設定』とは、来てくださる人がその勉強会に対するレベルを個人の中で設定してしまうことで、ハードル設定を高く見積もると、質問や意見を出す際に、「こんな質問したらレベル低すぎないかな…」とか「こんな質問したら笑われそう…」と発言することに億劫になってしまいます。

 

これを参加した多くの方が抱くと、質疑応答が限られた人のみ間でしか起こらず、目標としているところに到達するのは難しいです。

 

そのため、これらの問題をどうやってブレイクスルーしていくかというのが、今後一つ課題になってきそうです。

 

さて、ここまでが先日の話し合いで出た目標に対する僕なりの考えです。

 

次は、僕が今後認知神経リハビリテーションに携わらせていただく中での自戒の意味も込めて、学んでいくうえで意識していた方が良いのではないかなーと思うことを書いていこうと思います。(以前も書いた気がしますが…笑)

 

(完全に僕個人の勝手な見解と思いです)

 

方法論<病態解釈

認知神経リハの方法論を、いくつか例を挙げるとするなら、“硬さの異なるスポンジ課題”や“パネルを用いた運動方向課題”などあります。

 

これらの方法論というのは、基本的に患者様に『どんな病態が潜んでいるのか』『どのような問題があるのか』といういわゆる病態解釈を行い、その後仮説を立て、その仮説の検証作業として何らかの治療手技(方法)を実施します。

 

しかし、これは認知神経リハに関わらずどの手技(ボバース・PNF・川平法…etc)にも言えることで、私達が治療介入として何を利用するかという意思決定は本来このプロセスが必要ではないかと思うんです。

 

つまり、『とりあえず』では壮大なバイアスを含む病態解釈や仮説-検証作業になる恐れがあります。

 

だからこそ、僕が思う『認知神経リハビリテーション』は、認知神経リハを1つの手技として、評価-治療と短絡的に結びつけるのではなく、『病態解釈』を行う上での1つのツール、または病態解釈-仮説の構築の先に待つ方法論の一つとして知っておくと良いのではないかなと思っています。

 

 

病態解釈のベースは基本的に学問です。それも基礎学問(解剖・運動・生理…etc)です。

 

これらの学問は、どのセラピストも共通して学ぶものでありいわば共通言語です。

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しかし、病態解釈などの際にそれぞれの手技間での特有の理論や言語を用いるから話がややこしくなったり、飛躍が生じます。

 

認知神経リハも認知神経リハの枠組みの中だけで理解するのではなく、神経科学認知科学といった学問に落とし込むことが出来るので、そういった部分まで落とし込んで考えると、病態解釈を行う際の考える幅が解剖・運動・生理学だけでなく神経科学や認知科学といったところまで広がるのではないかと思います。

 

だから、批判を恐れずに言わせて頂くと

 

僕は、どんな患者様でも

 

『認知神経リハビリテーションの視点から』

 

と、このような図に示すように認知神経リハを用いたり、肯定するつもりは全くありません。

 

 

ただ、患者様の病態を解釈していく上で…

 

『運動学的側面だけではどうにも解決できない』

 

『現象には表れず、患者自身の内部表象に問題がある(身体所有感・運動主体感など)』

 

などなど、こういった壁にぶつかった時に

 

☑『病態解釈の視点の一つとして認知神経リハのエッセンスを取り入れてみる』

☑『仮説を検証する(治療介入)手続きとして、認知神経リハによる介入が必要であろう』

 

というように、認知神経リハありきで患者様を診るのではなく、病態解釈の一つのツール、そして数ある介入方法の一つのツールとして認知神経リハの視点を持っておくのは非常に有効ではないかなと思いますし、僕自身も何度も認知神経リハの視点のおかげで病態解釈を深めることが出来ました。

限界に挑みたい

これは、昨年の学会で大会長の奥埜先生がおっしゃられていたことに尽きるんですが、認知神経リハビリテーションを実施して改善がみられない症例がいた場合、その事実と向き合って、なぜ上手くいかなかったのかを考える(議論する)ことってすごく大切なことだと思っています。(きっとどの手技・理論にも当てはまることだと思うのですが…)

 

思うような結果が出ない場合、事実を曲げたりこじつける様に正解を導き出すのではなく、上手くいかなかったら上手くいかなかったで、なぜなのかを考えて、学問を進化させていけたら素敵だなと感じます。

 

当然ですが、認知神経リハによる介入でどうにもならない患者様と言うのは必ず存在すると思います。

 

だから、このような時は『症例検討会』を通して、『この認知課題を行えば良くなった』という綺麗な改善例だけではなくて

 

『上手くいかなかった』

 

『悩んでいる』

 

といった、机上の論理だけでは説明がつかない現象や症状に対して認知神経リハビリテーションではどうにもできない、限界点に向き合っていきたいなと僕は思っています。

 

最後に

 

今年も一ヶ月に一度、定期的に福岡で認知神経リハの勉強会が行われます。

 

どのくらい貢献できるかは分かりませんが、先ほど述べさせていただいた信念はぶらさずに、多くの方と一緒に議論を展開できる。

 

そんな福岡認知神経リハ研究会にできたらなと、大変おこがましいか限りですが思っているところです。

 

是非、多くの方にご参加いただければ大変うれしいです。

 

なお、きんたろーブログ主催の勉強会でも、これから少しずつ『認知神経リハ』に関する内容で勉強会を開催していこうと思いますので、もしご興味ある方いらっしゃいましたら、ぜひ一緒に学んでいきましょう。

 

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