前回のおさらい
前回運動イメージを用いた実際の臨床ということで、痙性麻痺が強い患者様をご紹介いたしました。
改善したい現象としては「立ち上がり動作時の麻痺側足関節クローヌス」でした。
その現象に対する仮説として
①非麻痺側の過剰努力による麻痺側への連合反応の増強
②足関節に対する運動イメージの消失
を挙げていました。
これらの仮説に対する検証(訓練)作業として
麻痺側足底部の知覚細分化に基いた足関節の運動イメージの構築
を行いました。
これらの訓練の結果
立ち上がり動作時の麻痺側足関節のクローヌスの消失という効果が得られました。
これに対する理論的解釈として
「麻痺側下肢に対する脊髄反射ループのシナプス前抑制」
という生理学的機序をご紹介いたしました。
本日はこのシナプス前抑制と運動イメージとはどういった関係があるのかをご紹介します。
反射活動の調節
伸張反射などの反射活動を調節する研究を以下にご紹介します。
被験者が立位姿勢を保っている台を突然合図なしに足関節が背屈する方向に傾斜させ、その時の腓腹筋の筋電図を記録した研究。
この研究では腓腹筋は急激に意図せず伸張されるため、最初は筋電図上で伸張反射活動が記録された。
しかし、この外乱を何度か繰り返すと数回のうちに反射活動が低下するという現象が生じた。Nashner LM:Adapting reflexes controlling the human posture.
以上の報告があるのですが、これを紐解くと何を意味するでしょうか。
要は、次に入ってくる刺激が予測できるようになると、反射活動は調節されることを示しているのです。
これ以外にも、注意や運動イメージなどの大脳皮質といった高次中枢の働きにより脊髄反射に対するシナプス前抑制が生じることが現在かなり報告されています。
分かりやすい例えでいうなら
例えばあなたがカフェにいたとして、突然隣に座っているお客さんがテーブルを「ドンッ」と叩いたらどうでしょうか?
隣に座ってるあなたの身体も一瞬ビクッとならないでしょうか?
これも反射です。
だけど仮にあらかじめ、隣のお客さんがあなたに
「今から机叩きますからね」
と伝えていたらどうでしょうか。
あらかじめ「ドンッ」という音が来ることが予測できていますから、叩かれても驚きませんよね?
こういった仕組みが神経学レベルでも実は存在していて、反射が亢進している部位に注意やイメージ、予測などによりフォーカスされると脊髄反射ループ自体にシナプス前抑制がかかるようになるのです。
Aさんの場合
さてでは今回足関節クローヌスの著明だったAさんと結び付けて考えていきましょう。
まず、今回Aさんの特徴として、立ち上がる際の麻痺側の運動イメージが「膝関節」に向いていたというところがありました。
つまり、Aさんの注意や運動イメージといったものは「膝関節」に常に向いており、立ち上がり時の足関節の運動イメージが惹起していないことが考えられました。
結果、僕の理論的解釈としては、足関節を制御する下腿三頭筋などは上位中枢による制御が全くかかっていない状態であるといえ、そのため脊髄反射が亢進してクローヌスが生じるといった結果になったのではないかと考えました。
そこで、これらの現象の改善のため足底知覚細分化による訓練を実施しました。
具体的な目的としては、足関節に注意をフォーカスさせることと足関節自体の運動イメージの想起です。
足関節に注意を向けるとは、要は足底部におはじきを入れることで、自分の体性感覚レベルで感じる番号とパネルに書かれている番号を一致させなければならないので自然と足部に注意を向けなければ正解が出来ないのです。
また、実施中の最大のポイントとしては
おはじきを入れる前にまず
「1番に入ったらどんな感じがしそうですか?イメージしてください」
と一度、自分の麻痺側足底に対するイメージを想起させることです。
つまり、前回話した運動学習のプロセスをここで利用するのです。
ヒトは予測(遠心性コピー)と実際の体性感覚が一致することで運動主体感が宿り、逆にこれに不一致が生じることで違和感を感じます。
それが誤差となり、新たな予測をつくることで誤差修正を行いながら運動学習をしていきます。
今回も同様で、おはじきが何番に入っているか。をイメージすること。
そしてもし入っていたらどんな感じがしそうか。
その感覚までもが一人称的に本人に想起できれば、実際にその同じ番号に入れられた時にイメージと一緒かどうかを比較照合し、ここを何度も確かめながら誤差があれば、非麻痺側などを利用して正しいイメージを獲得していくプロセスを繰り返しました。
また立ち上がる際にも
「立ち上がる時は何番に一番圧がかかりそうですか?イメージしてみてください」
とAさんに聞くことでAさんは「~番にかかりそう」と言うのですが、実際に立ってみると違う部分に圧がかかることでAさんは学習します。
「あー!こっちだった」
といった風な感じでした。
すると、Aさんは立ち上がる時に「この部分に圧がかかる・・・」といったようにあらかじめ予測が働き始めます。
以上のような訓練を行うことで、足部全体に対する注意の向上と足関節の運動イメージの構築、さらには立ち上がりという行為における足部に対する刺激の予測が行えるようになりました。
母趾のクローイングが軽減した理由としても母趾に対する予測やイメージといったものが足趾屈筋群の痙性に対して上位中枢からシナプス前抑制が働いたのではないかと考えています。
終わりに
今回運動イメージを利用した実際の臨床ということでしたが、運動イメージなども使い方次第では大きな武器になります。
しかし、今回のようにはまる場合と、必ずしもはまらない場合というのは確実に存在します。
ただ、このはまらない時こそが、私たちが研究していかなければならない部分なのではないかと思っています。
理論もある。方法も間違っていない。
にも関わらず結果が出ない時。この壁にぶつかった時こそが
「私達セラピストが勉強しなければならない時である。」と僕は思っています。