『運動主体感』とリハビリテーション戦略

皆さんは『運動主体感』という言葉を聞いたことがありますか?

実は近年この『運動主体感』がリハビリテーションを進めて行く上でとても重要なキーワードとなってきています。

そこで、この記事では…

この記事でわかること
  • そもそも運動主体感とはなんなのか?
  • 運動主体感のメカニズムはどうなっているのか?
  • 運動主体感をリハビリに活かして考えるには?

というこれらの疑問について、例えなどを交えながら詳しく解説していきます。

この記事を読んだ後には、運動主体感に関してかなり理解が進んだ状態になっていると思いますので、ぜひ最後までご覧ください。

目次

『運動主体感』とリハビリテーション戦略

運動主体感とは

運動主体感とは『運動を行っているこの身体は私が動かしている』というような感覚の事です。

逆に、自分の身体は『動いている』にも関わらず、本人の経験としては『動かしている感覚がない』だったり、『自分が予想している動きじゃない』といったような状態を運動主体感の喪失といいます。

健常人であれば当たり前のように存在するこの感覚ですが、時にこれが消失する場合があり、それが脳卒中患者様整形外科疾患術後の患者様です。

とはいえ、彼(彼女)ら以外であったとしても、この運動主体感の喪失というのは誰にでも生じる現象です。では、この『運動主体感』とは一体どのような神経メカニズムで惹起するモノなのでしょうか。

以下では、それを考えていきたいと思います。

運動主体感のメカニズム

運動主体感の話しをしていく上では、脳科学の知識がマストですが出来るだけ分かりやすく解説したいと思います。

まず、私達が四肢運動を行う際には、大脳皮質から運動指令が発射されます。

その運動指令というのは、前頭葉の一次運動野(M1)から発射して皮質脊髄路として末梢神経にシナプスし、その末梢神経が対象となる筋肉に繋がることで筋肉が収縮し“運動”が生じます。

ここまでの『大脳皮質(一次運動野)~筋肉』までの流れはよく教科書でみる内容だと思います。しかし、この一連の中にはないですが実はこの流れにはもう一つ大事なことが隠されていて、それが遠心性コピー』と言われるものです。

遠心性コピーとは

遠心性コピーというのは…

前頭葉の一次運動野から運動指令と同時に出力され、運動が実際に生じる前にどのように運動が起きて、その運動を起こすとどのような感覚が返ってくるかをあらかじめ予測する機構。

であり、一言でいうなら『予測』です。

通常、運動を行う際には運動指令と同時にこの遠心性コピーも発射され、実際に生じた運動(体性感覚フィードバック)と比較照合されます。

正常であれば、この『予測』と『感覚フィードバック』は必ず一致するため、私たちは円滑に四肢運動が行えると共に、『自分で運動している』と感じることができます。これが、運動主体感です。

つまり『運動主体感』というのは、遠心性コピーと実際の感覚フィードバックが一致することによって惹起するのです。

また、この『運動』と『知覚』における一連のサイクルのことを知覚-運動ループといい、運動主体感が喪失している人や、いわゆる幻肢痛の病態というのは、この知覚-運動ループに破綻が生じてしまうことが分かっています。(住谷.2015)

では、次に運動主体感の喪失を実体験として感じてもらうために、実際の例を踏まえてお話ししていきます。

運動主体感の例え

例① ボールを投げる

さて、あなたはこれからキャッチボールをしようとしています。

これから、相手にボールを投げる場面を想像してください。

この時、あなたはボールを投げる前にどんなことをイメージしていますか?

✔ボールの軌道?

✔腕の振り方

✔指でボールにスピンをかける感覚?

✔相手の胸付近にボールが届く場面?

などなど、挙げればこれ以外にも沢山あるとは思いますが、共通している事としては、おそらく大半の人がボールを投げる前に何かしら頭の中でボールを投げるor投げ終えた後のシュミレーションを行っていると思います。

つまりこれが『予測』であり遠心性コピーにあたる部分です。そして、その予測をもとに実際にボールを投げ、自分の意図した通りの(ボールの)軌道なり、腕の振りが出来れば遠心性コピーである予測と、実際に投げた感覚が一致するため不快感や違和感を特つことなくその動きを学習していくことになります。

しかし一方で…

仮に予想していたイメージとは異なり、暴投を放ってしまったり、自分がイメージしたフォームと違う動きになったらどうでしょうか。

おそらく実際にボールを投げたあなたは、何らかの違和感を感じるとともにスッキリしない感覚を覚えるはずです。

これが遠心性コピーと実際の運動感覚に不一致が生じた瞬間です。

あらかじめ予想(イメージ)した動きと実際の運動が一致すればこの不快感は意識に上ってこないのですが、このように不一致が生じると不快感などの情動換気が生じるようにヒトの脳は出来ています。

例② 電気のスイッチを押す

次は、誰もいない部屋に入りその部屋の電気のスイッチを押し部屋全体が明るくなる。という場面を想像してください。

あなたは、スイッチを押すとすぐに電気が点灯すると予測していますが、例えばここで不具合か何かで実際には若干遅れて電気が点いたとします。

このような場面があった場合、一瞬自分で電気を点けた気がしないと思うことはありませんか?

そう、これも一種の運動主体感の喪失です。

要は、『スイッチを押したらすぐに電気が点くだろう』という予測に対して、実際には自分が思っている以上にタイムラグが生じて電気が遅く点くことで、予測と実際の感覚フィードバック(電気が点く)に不一致が生じるのです。

結果「自分で電気を点けた気がしない」という感覚が生まれます。

知覚-運動ループの破綻と運動主体感

このように、運動主体感は『予測』と『実際の感覚フィードバック』の一致、つまり知覚-運動ループに整合性があることによって生まれます。

それでは逆に、この2つ(予測と感覚フィードバック)に不一致が生じるどうなるか。

正解は、先ほど例で見たように知覚-運動ループが破綻し『自分で動かしている気がしない』といった運動主体感の喪失が生じてしまいます。

これらメカニズムを図(comparator model)に表したものがこちらです。

以下のcomparator modelでいうところの、『予測システム』と『感覚運動システム』の情報間に不一致が生じ続けると、違和感や異常感覚、運動主体感の喪失へとつながっていくと言われています。

運動指令により運動が実行されることで、感覚運動システムが作動し、それに伴い感覚フィードバックが生じる。この際、視覚や体性感覚が脳内に情報としてFeedbackされる。一方運動指令が起こると、同時に遠心性コピーがつくられ、予測される感覚フィードバック(随伴発射)が生まれる。この予測と実際のフィードバック間、あるいは視覚と体性感覚の情報間に不一致が起こりそれが継続すると、身体の重さの知覚の変容、身体性の変容などが出現する。

(森岡.2018)

運動主体感と『くすぐり現象』

運動主体感とはやや異なりますが、これと同様のメカニズムが働いているのが『くすぐり現象』です。

さて、恐らく感じた人もいらっしゃると思いますが、以下のような経験ってないでしょうか?

他者からくすぐられると、くすぐったく感じるけど、自分でやってもくすぐったくない

これ、不思議に感じたことがある人って一人や二人じゃないと思います。

なぜ、このような現象が生じるのか。それをこれから説明していきます。

まず自分で自分をくすぐる瞬間、脳内で何が起きているかというと、くすぐって感じる感覚までもが遠心性コピーとして発射されているのです。当然、意識はしていませんが…

だから、自分でくすぐったとしても『くすぐる』という予測(遠心性コピー)と実際の感覚が一致してしまうためにくすぐったくないのです。

しかし一方で、他人にくすぐられるとどうなるか。

そう『予測』がたたないのです。

つまり遠心性コピーが発射されないために、実際の感覚とマッチングできないわけです。その結果、『くすぐったい』といった感覚が惹気されるメカニズムになっています。

リハビリテーション場面でよくある運動主体感の喪失

片麻痺患者様の場合

では、ここからは少し臨床でよくある運動主体感の喪失について話していこうと思います。

今回は、脳卒中片麻痺を例に話しを進めていきますが、よく片麻痺患者様が口にする言葉として、以下のようなものってないでしょうか?

  • 手足を自分で動かしている感じがしない
  • 誰かが動かしているような感じがする

これらは、運動主体感の喪失を伴っている場合によく患者様から聞かれる言葉です。

また、これに近い言葉として…

  • 自分の身体の感じがしない
  • 人の手(足)みたい

といった内容の発言をする方も中にはいると思いますが、これは運動主体感とはまた別の『身体所有感』と言われるものです。

この身体所有感についてはこちらの記事にまとめているのでご覧ください。

片麻痺患者様にて運動主体感の喪失はなぜ生じるのか

では、片麻痺患者様の運動主体感の喪失はどのようなメカニズムで生じているのでしょうか?

これももうここまで散々述べてきたことと同じです。

そう、予測と実際の運動に不一致が生じているからです。

よく片麻痺患者様の中には、麻痺が生じている身体を一生懸命動かそうと努力をされている場面を見かけますが、特に発症初期ではその努力量に見合う運動が生じてくれません。

これは、つまり『動け!』という遠心性コピー(予測)は発射しているにも関わらず、予測した動きが実際には起きてくれず、予測と結果に解離(不一致)が生じるということになるので運動主体感が惹起しないのです。

すると結果、だんだんと自分が動かしている感じがしないという運動主体感の喪失につながってしまうのです。

これは、あくまで片麻痺患者様の例ですが、整形外科疾患の患者様でも同様のメカニズムで運動主体感の喪失は起こり得るため、注意が必要です。

運動主体感のメカニズムまとめ

さて、以上が運動主体感に関するメカニズムや実例の一部になります。この記事を読む前に比べて運動主体感の理解が進んだでしょうか?

さらに、詳しく知りたいという方はぜひ運動主体感について書かれた論文等を一度読まれて見てください。

なお、ここからは補足ですが…

基本的に運動主体感は予測(運動イメージ)と実際の感覚フィードバックとの比較照合によって生じますが、今回ここでお話しした内容では“きちんと予測が出来ている”という前提で進めてきました。

ところが、実は臨床ではそもそもこの『予測』、つまり『運動イメージ』にも問題がある方が中には存在しています。

予測(運動イメージ)に問題があれば当然、得られる結果(感覚フィードバック)にも変化が生じます。

そのため、臨床では『予測に基づく感覚フィードバックに整合性はあるか』に加え、『そもそも予測(運動イメージ)』はきちんと行えているか?』という部分にもフォーカスして評価を行うことが必要になってきます。

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