新人セラピスト(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)とリハビリ学生を応援するためのブログ

レジュメ・抄録を作成するうえで大切な2つのこと。

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みなさんこんばんわ!きんたろーブログです!

 

先日、母校の3年生の症例発表会を見に行ってきました!

 

今の学生の皆さんが実習でどんな風に思考して、どんな風に想いを言語化するのか。

 

それを体験したくて、一日かけて2クラスの学生の皆様の経験を聞いてきました。

 

感想を言わせていただくと・・・・

 

すばらしい!!!!(T▽T)(語彙力)

 

自分の思いをきちんとレジュメにまとめて、一人ひとり一生懸命作成され思いを伝えていましたし、聴衆の皆さんにおいてもすごく積極的に質問していました。

 

特に聴衆のみなさんは、自分の疑問に思っていることを躊躇せずにガンガン発表する姿勢。

 

僕自身衝撃を受けました。

 

質問者が多すぎて、どの発表者の時間もほぼ時間を押すという、なんと素晴らしいことか(笑)

 

本当に見事でした。

 

最近、学生の質が落ちたとか、レベルがどうのとか。

 

色んな人が色んなことを言っているのを聞きますが。

 

少なくとも、先日僕がみた学生の皆様は素晴らしかったです。

 

やー。ワクワクしてますかなり。

 

こんな方々と将来一緒の土俵に立って仕事ができるなんて本当に楽しみで仕方ありません。

 

一月から始まる最後の実習も頑張ってほしいと思いました。

・・・・

・・・・

さあさあ今回は、発表を聞いて勉強させていただくことが本当に多かったのですが、その中の一つがレジュメの書き方です。

 

これは僕も当てはまることで、今回は自分を戒める意味でも、見えてきた課題を書いていこうと思います。

レジュメ・抄録で大事なこと

僕が今回発表を聞いて、これは理学療法や作業療法全体に言えることだなと感じたのが以下の2つです。

 

① 文献の使い方

② 論理(ロジック)が飛躍していないか

 

 

一つずつ説明していきたいのですが、かなり重なり合う部分がありますのでちょっと同時進行で書いていこうと思います。

 

原因と結果の因果関係を提示しないまま考察する

そもそも、論理(ロジック)が飛躍するってどういうことなのか。

 

論理(ロジック)の飛躍とは

“論理の筋道や流れが、正しい段階を踏まずに急に遠く離れた場所に結論が至ってしまう”場合と言えます。

 

例えば

1➪2➪3➪4➪5➪・・・とくれば次は何の数字がきますか?

 

答えは『6』ですね。

 

これは筋道がきちんと整っており、特に違和感はありませんよね。

 

しかし

1➪2➪3➪4➪5・・・ときたら普通は次に『6』が来るのがロジックですが、飛躍するとどうなるかというと・・・

 

『10』とか『20』とか5の次に本来来るはずの数字から、全く関係のない『解』がやってきちゃうと『論理が飛躍している』と捉えることが出来ます。

 

では具体的に、レジュメの中に書でよくあるものを例に考えてみていきましょう。

 

例:「四肢の可動域や筋力が向上したのは体幹部(中枢部)の安定性が向上したからである」

と結論づけた一文があったとします。

 

まず、ここで考えないといけないことは…

 

『何をもってそう言っているのか』ということで、体幹部の安定性と四肢のROM・筋力にどんな評価ツールを用いて因果関係を出したのか。

 

これを提示しないと、四肢(ROM・筋力)体幹機能の間に何があったのかという文脈がぶっ飛んでしまうわけです。

 

『1』がきて、間を飛ばして『6』とか『7』が来てしまった感じ。

 

つまり、これが『論理(ロジック)が飛躍している』ということです。

 

で☟☟☟☟☟☟☟☟☟

よくこの間の役割として発表者の人が裏づけとして利用するのが『文献』

 

今回の例でいうなら

「この〇〇という文献に体幹機能が向上すれば四肢の筋力が向上するといったことが書いてあります!」

としましょう。

 

確かに、この文献の情報は事実であるかもしれません。

 

ただ・・・

 

自分が担当している患者様に当てはまるかどうかは全くの別問題ということは理解していないといけないんです。

 

「文献ではこのように述べてるから・・・!」

「四肢の筋力が向上した理由は体幹だと考えます。その理由は文献にこう書いてあるからです!」

 

といったように、実際に目の前の患者様の四肢と体幹機能の因果関係は呈示していないのに、上記の感じで、体幹機能と四肢の運動性の間にある関連性を文献で補っちゃうと・・・

 

机上の空論だけが先行して患者様が置いてけぼりになっちゃうと思うんです。

 

 

“言ったもん勝ち”になっちゃいませんか?

 

もし、今回のように『四肢の筋力が体幹機能に由来した』というのを提示したいなら

① 初期と最終で両者の評価を出来るだけ客観的なツールを用い、ちゃんと目の前の患者様の現象を確認して、関連性を見ること

② 四肢の筋力に影響を及ぼす他の要素を取り除く(反証)過程を踏む

 

個人的にはこれらがめちゃめちゃ重要だと思っています。

 

なぜなら、論理(ロジック)が飛躍するときの最も大きな原因として

『こうすれば、この結果になるはずだ』という偏り(バイアス)がかなり入った目で見る自分自身。が挙げられます。

 

例えば、今回の例でいうなら

『これまで沢山文献読んだり、勉強会に行って四肢の運動は体幹がきちんと働かないといけない

という思い込みが飛躍を生み出すわけです。

 

つまり、患者様を診る際に『四肢の動きが悪ければ体幹に問題があるのではないか』と最初から偏りの入った目で見始めると、そのほかの要素を排除(反証)する過程を踏まなくなるのです。というより踏めなくなるに近いかもしれません。

 

バイアスが入って診ても良いんですが、もしそれが外れた場合。

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その時はそこから逃げちゃダメですよってこと。

 

自分の信じてた仮説が外れたらちゃんと他の要素も考えて考えて得意分野に引っ張んないようにしようよってこと。

 

でないと、結果どうなるか。

 

もし四肢の動きが改善したとして、それが自然回復であっても、他の要因であったとしても、レジュメや抄録上は先ほど述べたように

 

『体幹筋の機能が良くなったから四肢の動きが良くなった。その理由はこの文献にもこの事実を肯定するようなことを言っているからです。』

といった結論に至っちゃうわけです。

 

こういう論文の使い方をしちゃうと、理論だけが独り歩きして、患者さんの本当の病態がどうであったのかが闇に葬られてしまうことになりかねないと僕は思います。

 

要は、セラピストにとって都合の良い解釈がふんだんに入ってしまったレジュメや抄録が完成しちゃうわけです。

 

もし、この体幹筋と四肢の運動性の因果関係を言いたいのであれば、せめてきちんと初期と最終で何らかのツールを用いて体幹機能の評価と、その時の四肢の運動性の評価を客観的に提示しないといけません。

 

また、文献を利用する場合には、自分にとって都合の良い一文だけを切り取って引用するのではなく、その文献の前後。つまり、対象はどういった人で研究しているのか今回の症例に当てはまるのか。といった部分を考慮して使用しないといけないのかな?と思います。

 

目に見えないものを結果としている

そしてもう一点。

論理(ロジック)が飛躍していると思う際の考察※ちょっと極端に書きますね

・『覚醒状態が良好になったのは網様体賦活系が活性化されたから』

・『うつ傾向が改善されたのは前頭葉の機能が良くなったから』

・『歩行の機能が向上したのはCPGが賦活されたから』

といったような考察。

 

これに関していうと・・・

 

『結果として出している情報が可視化出来ない』

 

ここに問題があると思います。

 

つまり、

『本当に網様体賦活系が活性化されたの?』

てことです。

 

網様体賦活系が活性化したかどうかなんて、人の目では見えません。

 

要はセラピストが主観で判断した“解釈”です。

 

主観でしかない解釈を症例発表など、他者に伝える場面で“事実”として述べてしまうと、これもまた空想論が独り歩きしている状態になっちゃいます。

 

他者に伝える場合は、現象として現れている事実を“結果”として伝えなければなりません。

 

 

もし、この辺りを言いたいのであれば

例えば先ほどの

『うつ傾向が改善されたのは前頭葉の機能が良くなったから』

を例にとって話していくと・・・

 

もし、うつ傾向の改善を前頭葉との因果関係として提示したいのであれば、うつ傾向の改善前と改善後の前頭葉の機能をfMRIなどのデバイスを用いて評価しておくべきです。

 

☟☟☟fMRIってこんなやつ☟☟☟

 

前頭葉の機能がうつ傾向に関わっていたと結論づけたいのであれば、結果はどうであれ前頭葉の状態を可視化できるようにしておかなければなりません。

 

でないと、事実かどうかは分かりません。

 

このような事実が分からないまま、それでも前頭葉機能を言うのであれば『示唆される』『考えられる』という所までで、『良くなった』との言い切りは厳しいのではないかと思います。

 

次に文献の使い方・・・

例えば

「うつ傾向の強い人ほど前頭葉の機能が低いというのは相関がでています」

といったとしましょう。

 

これは事実です。

 

が、しかしだとしても

 

今回自分がみている患者様がそうであるとは限らない。

 

これは常に念頭に置かなければなりません。

 

なぜなら、人は必ず『個別性』が存在するからです。

 

だから、前頭葉とうつ症状に相関が出ていようが100人が100人当てはまるとは限りません。

 

もし個別性を考えずに、文献の情報を全て鵜呑みにしたらどうなるか・・・

 

どんな患者様でも全員同じリハビリテーションを提供すれば良いということになっちゃいませんか?

 

例えば、『腰痛にはハムストリングスの柔軟性が大切だ』と述べている文献があったとしたら、腰痛の患者様はみんなハムストリングスのストレッチで理屈上良くなっちゃう。てこになりますよね。

 

こんなうまくいかないことは皆さんが一番分かっておられると思いますが、でも文献の情報を鵜呑みにしちゃうとこういうことが起こり得ます。

 

だからこそ、文献を引用するときや読むときなどは考えなければなりません。

 

また、これと同じことが『エビデンス』にも言えます。

 

世の中いまは「エビデンス♪エビデンス♪」の大合唱ですが、これに関してもちゃんと吟味しましょうよ。というのが僕の思いです。

 

脳卒中における装具療法がエビデンスのgradeがAだからって個別性を無視して万人に同じことやりますか?って。

 

評価して、病態解釈を行うと必要な人と必要ない人が出てくるでしょ?

 

その意思決定だけはちゃんと自分で出来る様にしとかないといけないのではないかと僕は思います。

おわりに

以上が僕が思うレジュメや抄録を書く際に気を付ける事になります。

 

今回、学生の皆様の症例発表を聞かせていただく中で、また自分や現職セラピストの皆様の発表を聞いてきた中で、共通して当てはまる部分が今回挙げたところでした。

 

ただ、僕自身もまだまだ論理(ロジック)が飛躍したりする部分が正直あります。だからこそ、もう一度この記事を書きながら、再確認して今後の学会発表に活かしていきたいと思っています。

 

今回学生の皆様の発表を聞かせていただきて本当に沢山の事を学びました。

 

福岡リハビリテーション専門学校の昼間部3年生の皆様、ならびに今回参加を承諾してくださいました先生方本当にありがとうございました。

 

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