さて、『運動連鎖』という言葉がリハビリテーション業界では広く飛び回っていますが、実はこの視点から病態を捉える際に欠かせない要素があるのをご存知でしょうか?
それが『姿勢制御』です。
本日は『運動連鎖×姿勢制御』と題して、運動連鎖の考えを用いて姿勢や動作の評価をする際に気をつけておかなければならない点を姿勢制御の話しを絡めながらお話ししていこうと思います。
運動連鎖と姿勢制御の関係性
運動連鎖とは何か
運動連鎖と姿勢制御の話しを進める前に、まずは『運動連鎖』というものについておさらいしておきます。
Steindlerが述べた定義によると、運動連鎖とは…
ある関節で運動が生じると、その運動の影響が隣接間接に波及すること(Steindler.1955)
とされています。つまり、ある一カ所の関節運動はその他の関節運動にも影響を与えるという事で、イメージとしては下図のような形で表されます。
よく臨床で先輩セラピストの方が、「距骨が回内してるからー、下腿が内旋してー…」って言ってるあれですね。
特に下肢に関しては、多くのセラピストが立位姿勢や動作を見る中で運動連鎖の視点を取り入れて推論を行っているのではないでしょうか。
このような臨床推論自体ちょっと色々言いたことはあるのですがひとまずそれは一旦置いといて、まずは運動連鎖といえばこのように1箇所の運動学的変化が連鎖的に他関節の運動を引き起こすというような、そんなイメージを持っていただけたらと思います。
では、次に少し視点を変えて…
実際の臨床において理学療法士が運動連鎖の考えを取り入れて対象者の姿勢や動作を観察する場合、その時の環境設定で多いのはどのような状況でしょうか。
おそらく前提条件として多いのは”荷重下“、つまり立位場面が多いのではないかと思います。
しかし、このように立位場面で姿勢や動作を観察&分析する場合、1つ考慮しなければならないことがありまして、それが『姿勢制御』です。
セラピストが運動連鎖を立位(荷重状態)条件で観察するという前提を置いた場合、そこには同時に姿勢制御という要素が必ず関与しています。
とすると次に考えなければならないことは、運動連鎖と姿勢制御においてどちらがどれくらい影響しあっているかという問題です。
運動連鎖と姿勢制御に関する研究
実は、立位条件における運動連鎖と姿勢制御に関する研究は首都大学東京の建内先生が行っており、今回はその報告から中心に解説していきたいと思います。
建内先生が執筆されている書籍はこちら
距骨下関節の回内を5°に設定した場合の股関節運動
通常の運動連鎖の考えでは、距骨下関節が回内すると上行性に運動が連鎖するため、下腿は内旋、股関節は屈曲・内転・内旋するといわれています。
実際、建内先生の研究においても片脚立位の状態で距骨下関節の回内を0~5°に設定した場合は、従来の運動連鎖と同様の反応が見られたそうです。
この事から、やはり運動連鎖という現象自体は身体反応の一つとして生じ得るため、姿勢や動作を観察し臨床推論をする際にも利用できると考えます。
距骨下関節の回内を10°にした場合の股関節運動
一方で、今度は距骨下関節の回内の程度を10°まで大きくしました。
すると、それ以外の関節運動はどうなったかというと、本来であれば距骨下関節の回内に伴い、股関節は屈曲・内転・内旋するはずですが、この条件では股関節が屈曲・外転・内旋という反応が生じたのです。
外転…?
距骨下関節回内角度の程度と身体反応
なぜ距骨下関節の回内が強くなると、本来のお運動連鎖の反応である股関節『内転』ではなく、『外転』が生じたのでしょうか?
そのメカニズムを紐解いていくために、順を追って考えてみましょう。
まず、距骨下関節が回内するとそれに伴って下腿が内旋し下肢全体は内側方向へ倒れようとする反応が見られます。
これはいわゆる通常の運動連鎖の反応です。
しかし、この角度が強くなるとどうなるか。というと、下肢全体が内側方向へ傾く反応がさらに強くなり、結果的に身体重心が支持基底面から逸脱しそうになってしまいます。
このままでは内側に転倒してしまうので、それを防ぐ為に股関節は『外転』というカウンター反応を示すことで、距骨下関節の回内が強くなっても姿勢を保持できると考えられています。
ちなみに、この時の股関節の反応こそが『姿勢制御』といわれるものです。
つまり、人は重心が支持基底面よりも逸脱しそうになるくらい力学的な不安定な関節アライメントを呈すると、運動連鎖よりも姿勢制御を優先させるようです。
要は、転倒のリスクをとってまで運動連鎖の反応を優先するとは考えにくいという事です。
運動連鎖のみで姿勢や動作は判断できない
では、ここまでの結果を踏まえた上で、臨床で運動連鎖の視点を取り入れて推論していく際に注意しなければならない事を考えていきましょう。
運動連鎖を考える際に最も注意しなければならない場合とは、『関節アライメントの異常が大きな患者様を診る場合』です。
というのは、ここまで述べてきたことをふまえて考えると、関節アライメントの異常が大きな患者様ほどその姿勢を保つために運動連鎖よりも姿勢制御の反応が前面に出ている可能性が非常に高いからです。
そのため、アライメント異常の強い患者様を診る時には、『運動連鎖では説明のできない身体運動が現れてくる』というのを理解しておく必要があるかもしれません。
運動連鎖と姿勢制御まとめ
それでは、ここまで話してきた内容のポイントをまとめていきたいと思います。
- 運動連鎖を立位(荷重下)で観察&分析するという前提を置いて考えた場合、その際身体に生じる反応は運動連鎖だけではなく、姿勢制御が同時に生じる事実があることを理解しておく。
- 関節アライメントの異常が大きくなればなるほど運動連鎖よりも姿勢制御を優先させる可能性が高いため、運動連鎖を推論のポイントに上げる場合は、ヒトの姿勢制御機構も勉強しそれを加味して考えなければならない。
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