この記事では、弓道におけるイップスの有病率やその原因について、2021年に発表された研究論文をもとに解説していきます。
イップスについては、この記事以外にもいくつか解説しているのでご興味ある方は併せてご覧ください。
イップスに関する記事一覧
弓道におけるイップスの有病率となりやすい人の特徴について解説
イップスの定義についておさらい
イップスとは「スポーツの動作中の繊細な運動技能の実行に影響を与える精神・神経障害」と定義され、ゴルフ、野球、ビリヤード、陸上、卓球などで報告されています。
イップスを医学的な側面で捉えると、その病態は『ジストニア』の一種と考えられています。
ジストニアとは「自分の意思とは反して制御できない運動が勝手に生じること」であり、要は自分自身で力のコントロールができなくなる状態をいいます。
では、これを踏まえた上で弓道とイップスの関連を示した研究を見ていきましょう。
研究の背景
はじめに、今回参考にさせて頂いた論文はこちらです。
弓道においては古くから「早気・もたれ・びく・ゆすり」 と呼ばれる 4 種類の上達に支障を来す状態(イップス)があり、海外でもそれぞれ「Hayake,Motare,Biku,Yusuri」という名称が使用されています。
- 早気
狙いを定めるための十分な時間をとる ことができずに意図したタイミングより早く矢を放つ。 - もたれ
意図したタイミングで矢を放ちたくても放つこ とができず狙いを定める時間が異常に長くなる。 - びく
的に対して狙いを定める途中で、意図せず矢を放とうと一瞬上肢が動いてしまう。しかし矢を放つことはなく再度狙いを定めることができる。 - ゆすり
弓を引いている途中に前腕や上腕がふるえるものの狙いを定めることは可能であり、意図したタイミングで矢を放つことができる。
この中でも『早気』は一般競技者の60.3%にみられ4種類のイップスの中でも最も頻度が高い障害となっているようです。(nishio,2021)
\本研究の目的/
弓道の上達を妨げる4つの状態について運動障害の観点から検討されていないので、弓道部に属する大学生を対象として,その頻度や種類ごとの特徴、危険因子を検討した。
研究の方法
研究はアンケート調査により実施。以下に対象や調査項目を示します。
- 対象者は国内の大学生(弓道部)70名(最終65名からアンケートを回収)
- 調査項目
性別・年齢・身長・体重・body mass index(BMI)・利き手・腕の太さの左右差・弓道の経験年数・練習量(1 ヶ月の射数)・練習後の疲労感・的中率・弓力・弓力/的中率・段位・競技中の怪我の経験の有無・イップスの経験の有無と種類・イップス経験後の克服の有無
弓力とは?
弓を引く際に必要な力のこと。弓ごとに決まっておりばね測りにより測定する。
弓力/的中率とは?
使用する弓の弓力が自分の技術に見合っているかの指標。強い弓力の弓を引くには技術が必要である。的中率が低いにも関わらず強い弓力の弓を引いていると体への負荷は強く、この数値は高値となる。
結果
①有病率
65名中41名(63.1%)に4種類のうちどれかのイップスの経験があったことが明らかになりました。
- 早気のみ:26名
- 早気とびくの合併:5名
- 早気とゆすりの合併:3名
- もたれのみ:3名
- ゆすりのみ:2名
- 早気、びく、ゆすりの合併:1名
- びくとゆすりの合併:1名
早気はイップス経験者41名のうち、トータル35名とほとんどの人が持っていたことになるな。
その他のポイントとしては、「もたれ」は他のイップスと合併することはなかったこと。また「びく」が単独で生じることはなかったことが挙げられます。
②イップスの出現時期
4つのイップスが複数出現した人を対象に、その順番や経過についての結果は以下です。
「早気」と「びく」を合併した5名
「早気」が「びく」に先行した人が4名、同時に出現した人が1名であった。
「早気」と「ゆすり」を合併した4名(併せて「びく」を認めた 1 名を含む)
「ゆすり」が「早気」に先行した人が3名、「早気」が「ゆすり」に先行した人が1名であった。
①の結果と上記結果から、イップスの出現頻度は以下のようにまとめられる。
①「早気」単独、②「もたれ」単独、③「ゆすり」単独,④「早気」から「びく」が出現するタイプ、⑤「ゆすり」から「早気」が出現するタイプ、⑥その他
③イップスの危険因子
今回の研究結果から得られたイップスの危険因子は以下です。
- 男性
- 年齢が高い
- 経験年数が長い
- 的中率が高い
- 弓力が強い
- 弓力/的中率が低い
- 競技中の怪我の経験がある
この中でも特に『経験年数が長い』というのが大きな特徴だったことが明らかになりました。
④イップス経験者の自覚的所見
弓を引き構えた時に上腕や前腕に力が入ってしまい、思い通りに矢を放つことができなくなる…
上腕や前腕に一定のリズムで生じる
⑤イップスの克服の有無
- 早気:経験者35名のうち、12名が克服。
- もたれ:経験者3名のうち2名が克服、1名は克服できていない。
- びく:経験者7名のうち1名が克服し、6 名が克服できていない。
- ゆすり:経験者7 名のうち5名が克服し、2名が克服できていない。
考察と臨床への示唆
僕自身、この論文を読み一番興味深かった点は、『イップスの危険因子』の結果です。
今回、「年齢が高い」というのと「経験年数が長い」という2つの項目が危険因子に挙げられていましたが、実はこの結果は以前解説させて頂いた『国内のグルファーにおけるイップスになりやすい人の特徴」でもほぼ同じような結果になっていました。
この記事の中で書いている文章を引用したのがこちら
イップスを経験したゴルファーは、そうでないゴルファーに比べ、年齢が高く、ゴルフのキャリアが長く、筋骨格系の問題に悩まされる頻度が高いことがわかった。
同じく、以前紹介したオランダのゴルファーを対象にしたイップスの危険因子を調べた研究でも『キャリアの長さ』は一つポイントに挙げられておったの。
このように、イップス関連の論文をいくつも読んでいくとなんとなくイップスの危険因子というか「なりやすい人ってこんな人」というプロファイルの解像度が上がってきたような気がしています。
よって、これをもっと積み重ねていくとより明確に「イップスになりやすい人」という点について言及できるんじゃないかと思いましたので、今後もイップス関連の論文は読み込んでいこうと思います。
また、もしいま現在アスリートのトレーナー業に携わっている方がいたら、今回そして過去解説した記事の結果から『キャリアが長い』人や『スキルが熟練してきている』人ほど「イップスになりやすいかもしれない」という視点を持っておくだけで発生の予防に活きてくるのではないかと思います。
イップスは発生してしまったら克服するのに時間を要することから、しっかりその辺りの知識を身につけたトレーナーが身近にいるだけで選手自身もすごく心強いのではないでしょうか。
それでは、今日もいい仕事しましょう。
参考文献
・弓道における異常な運動(いわゆるイップス)―頻度,分類,危険因子の検討―.西尾ら,2021
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