この記事では、私たちリハビリテーションセラピストが日々の臨床で直面する、「慢性期脳卒中患者様に対するリハビリテーション介入の効果」について解説していきます。
その中でも今回シェアしたい介入方法は『Proprioceptive Neuromuscular Facilitation(PNF)』です。
PNFに関する論文は、医学分野の代表的な文献情報データベース『pubmed』で検索すると約1000件ヒットしますが、実はそのうち慢性期脳卒中後遺症患者様の『歩行』と『バランス』に対して系統的にその効果を調べたレビューというのはありませんでした。
しかし昨年(2022年)、これに関して初めてシステマティック・レビューが公開され、PNFが慢性期脳卒中後遺症患者様の歩行状態とバランス機能にどれくらい効果的なのかが示されました。
そこで今回は、このレビューをもとに
慢性期脳卒中後遺症(歩行&バランス)に対するPNFの効果
というテーマで解説していきたいと思います。
現在、リハビリテーションの現場で慢性期脳卒中患者様を専門に理学療法あるいは作業療法を提供しているセラピストの皆さんはぜひ最後までご覧ください。
【最新版】慢性脳卒中患者の歩行とバランスの改善に関する固有受容神経筋促進法(PNF)の効果
今回ご紹介する論文はこちらです。
Proprioceptive Neuromuscular Facilitation(PNF)とは
はじめに、PNFについて簡単におさらいをしておきましょう。
PNFとは、1940年代にアメリカで、神経生理学者であるKabat医師や理学療法士のKnottらにより神経生理学の原理を基につくられたリハビリ技術です。
日本では「固有受容性神経筋促通法」と称されます。
PNFの手技には、『基本技術』と『特殊技術』があり、そのうち基本技術は「PNFにおける促通要素」とされており以下のようなものがあります。(一部抜粋)
※全て見たい方は以下リンクから『神経筋即通法(PNF)と筋力トレーニング.秋山純和 2003』をご覧ください。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/18/1/18_1_23/_article/-char/ja/
- tactile stimulation (触覚受容器刺激):
筋群の筋収縮増大のために運動方向を誘導する。術者は目的の筋が促通できるように、必要な部分に対して一方の手で固定, 地方で抵抗を与えるなど必要に応じて用手接触を変化させる。 - taut and stretch reflex (筋の伸縮と伸張反射):
筋収縮の増大のために、あらかじめ筋群に対して伸張しておく必要がある (Taut)。
伸張したその直後に筋群を打鍵器で腱反射を起こさせるように素早い伸張を行う。 - traction and approximation (牽引と圧縮):
運動中も続けて伸張刺激を行うことで筋収縮力を増大させる。上肢では、日常のなかで圧縮が行われることは少なく、棚の上の物をとるなど上肢では牽引が多い。
PNFはボバースコンセプトや認知神経リハビリテーション等のように、国内でも手技のコースがあり、そこで基礎から学ぶことが可能です。
以下に、日本PNF学会のリンクを添付いるのでこちらからセミナーへのご参加登録等が可能です。
さて、というわけで今回の本題であるPNFの効果について以下に示していきましょう。
まずは『バランス能力』についてです。
①バランス能力(BBS,FRT,TUG)に対するPNFの効果
バランス能力のアウトカムは『Berg Balance Scale:BBS』、『Functional Reach Test:FRT』、『Time Up and Go Test:TUG』の3つとなっています。
一つずつ見てきましょう。まずはBBSから。
BBSの結果
メタ分析の結果、PNFグループ(n = 63)と対照グループ(n = 63)のBBSのスコアには有意な差があり、この差(平均差)は2.90(95%信頼区間: 1.97~3.84、p < 0.001)でした。
Proprioceptive Neuromuscular Facilitation-Based Physical Therapy on the Improvement of Balance and Gait in Patients with Chronic Stroke: A Systematic Review and Meta-Analysis.2022
はい、きっとここで思考がフリーズしてしまった人がいるのではないでしょうか?
そう、ここですよね?
メタ分析の結果、2.90(95%信頼区間: 1.97~3.84)
論文を読むとき大体この暗号のような数字に全てのやる気が根こそぎ持っていかれるという現象が世界各地で観測されているので、他の結果を示す前に(以降全て出てくるから)まずはここをサクッと理解しておきましょう。
まずは、『メタ分析』という用語から。
メタ分析とは
メタ分析とは、既に行われた複数の研究の結果を統合して一つの結論にまとめ上げる研究手法のことです。
例えば、ある治療法の効果を確かめるために、世界中でさまざまな研究が行われているとします。
そうすると、その各研究の結果が全て同じようになるとは限らず異なることもよくあって、一部の研究では非常に効果的だと示される一方、他の研究ではあまり効果がないとされることもあるわけです。
こうした状況では、その治療法が本当に効果的なのか確定的に結論づけるのは難しいですよね。
このような時に、メタ分析を用いるとそれらの研究全ての結果を「まとめて」解析することができます。すると、全体としての傾向や治療法の平均的な結果や効果が明確になります。
これが『メタ分析』です。
信頼区間とは
信頼区間は、推定する値(この場合は平均差2.90)がどの程度正確かを示す範囲です。
で、95%信頼区間: 1.97~3.84というのは、真の平均差(我々が知りたい真の値)がこの範囲、つまり1.97から3.84の間に含まれる可能性が95%であるということを意味します。
別の言い方をすると、同じ研究を100回行ったとして95回は1.97〜3.84の間に来るだろう、ということを示しています。
で、残りの5回はこの範囲外に来るかもしれません。
信頼区間が狭ければ狭いほど推定値の正確さが高いと言え、逆に信頼区間が広ければ不確実性が高いと言えます。
今回のケースでいくと、PNF介入を受けた患者が、非PNF介入を受けた患者に比べてBBSスコアが平均で1.97ポイント〜3.84ポイント高いと推定することができ、そしてこの推定が間違っている可能性は非常に低い(5%以下)と言えます。
いかがでしょうか?
なんとなくメタ分析や信頼区間における数字の意味が腹落ちできたでしょうか?
FRTの結果
全体として、PNF介入を受けたグループは、コントロールグループに比べて平均で2.49cm遠くにリーチできた。しかし、これらの研究の間には高い(77%)異質性が見られた。
Proprioceptive Neuromuscular Facilitation-Based Physical Therapy on the Improvement of Balance and Gait in Patients with Chronic Stroke: A Systematic Review and Meta-Analysis.2022
異質性とは
異質性とは、研究同士の違いやばらつきを示す指標です。
異質性が高いということは、同じ条件下で行われたはずの研究にも関わらず結果が大きく異なることを示しています。
例えば、「りんごのおいしさ」を測定する5つの研究があったとして4つの研究では、りんごが「とてもおいしい」と評価されたが1つの研究だけ「まったくおいしくない」と評価された場合、これらの研究結果には大きな異質性があると言えます。
つまり、異質性は研究の結果がどれだけ一貫しているか、またはどれだけばらついているかを示すものです。
異質性が高い場合、研究の品質、実施方法、対象者の特性など、何らかの要因が結果の違いを生んでいる可能性が考えられます。
となると出てくる問題は、異質性が『77%』であるというのがどれだけ問題なのか?という話しです。
異質性の解釈はCochran Handbookによってその数値が以下のように示されています。
- 0~40%(重要ではない異質性)
- 30~60%(中等度の異質性)
- 50~90%(大きな異質性)
- 75~100%(高度の異質性)
今回、異質性は『77%』であったことから、「非常に異質性が高い」と解釈することができるため、その原因となっている研究を抜いて再度結果をメタ分析する必要があります。
で、実際に原著を見ていただくとわかりますが、FRTだけ結果が2種類(AとB)があって、Aは異質性が高い結果、Bは異質性の高さを生み出している原因となった研究を抜いて分析しなおした結果です。
その結果、PNF介入を受けたグループは、コントロールグループに比べて平均で3.40cm遠くにリーチできたことがわかり、かつ異質性も0%と非常に低くなりました。
ちなみに、95%信頼区間 (95% CI):は2.30~4.50cmとなっています。
TUGの結果
含まれた19の研究のうち、6つの研究で、PNFベースの治療後の慢性脳卒中患者のTUGテストのスコアに有意な差が見られ平均差(MD)は-2.25秒です。これは、PNF介入を受けた患者の方が、平均で2.25秒TUGテストのタイムが短くなっていることを示しています。
Proprioceptive Neuromuscular Facilitation-Based Physical Therapy on the Improvement of Balance and Gait in Patients with Chronic Stroke: A Systematic Review and Meta-Analysis.2022
TUGにおける95%信頼区間は-3.16秒から-1.35秒となっています。
つまり、PNFはその他の介入に比べて3.16秒~1.35秒(平均2.25秒)タイムが速くなる可能性が高いということです。
以上が、バランス能力についての結果でした。
それでは次に、『歩行能力』についての結果を見ていきましょう。
②歩行能力(10MWT)に対するPNFの効果
歩行能力については、10m歩行テストで評価を行っています。
10m歩行テストの結果
メタ分析の結果、慢性期脳卒中のPNF群(n = 78人)と対照群(n = 78人)の患者間で10MWTの結果に有意差があることが分かりました。平均差は-2.15秒で、95%信頼区間は−2.87秒から−1.43秒となっています。
Proprioceptive Neuromuscular Facilitation-Based Physical Therapy on the Improvement of Balance and Gait in Patients with Chronic Stroke: A Systematic Review and Meta-Analysis.2022
つまり、PNFを用いるとその他の方法に比べて平均で約2秒ほど歩行速度が速くなるというのがこの結果から明らかになりました。
結論
今回の結果から、PNFは慢性期脳卒中患者様に対する『バランス能力』と『歩行能力※主に歩行速度』に対して効果的であることが示されました。
ただし、この論文の限界点にも書かれてましたが、今回対象となった19件のうち(PEDroスケールによれば)6件は質が高く、10件はまずまずであったということが明らかになりました。
このように、良質な研究の方が数が少なかった点を考慮すると、全ての慢性期脳卒中患者様にもれなく適応できるという、ある種の「PNFこそ至高だ!」みたいな解釈はまずいかもしれません。
これからさらに精度の高い研究結果が出るのを待ちつつ、あくまでも一つの結果としてご自身の情報として持っておくと良いかと思います。
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