こんにちわ!きんたろーブログ(@kintaroblog)です!(^^)!
昨日は少し嬉しいことがあり、シェアしたくってちょっと書きます!(笑)
自己満足記事になってしまいますがご了承ください(笑)
僕の働いている病院はいわゆる○○という手技というか概念を軸にしてリハビリテーションを行っています。
僕は1年目の入職して2日目の時に何となくある違和感を感じていました。
この違和感はなんだろーか。
というのはその時はよく分からなかったし、その違和感を先輩や上司に伝えようものなら何となく淘汰されそうな。。。
そんな雰囲気を感じていましたので、あまりその思いを大勢の前で言うなんてことはしませんでした。
そんな時に、ある1人の先輩PTが僕の思いを察して頂き、話しを聞いてくれたのですが、大変嬉しい事に凄まじいくらいの共感をいただけたのです。
その時に僕は
「あ、間違ってなかったんだこの違和感」
と思い、それ以来その先輩PTの方とは、業務後定期的に症例の病態解釈などについて様々な議論をしてきました。
そして今では人数が2人増え、この2人を含めた4人で定期的に様々な議論を行っています。
内容というのは、症例だったり研究だったり論文だったり本当に様々なんですが、最も深く話すテーマというのは
「どれだけ客観性を出せる臨床をするか」
といったような、今のリハビリテーションの主観や方法論ありきの仮説検証作業をいかに定量化できるかといった話し合いを行っています。
実は昨日もその定例議論会を行っていたんですが、なんとその会に1年目の子が来たんです。
びっくりして、思わず
「え?どしたの?(笑)」
と言ってしまいました(笑)
すると、その後輩は言ったんです。
「症例検討の話し合いで、私は問題点が下肢にあると思ってるんですが、先輩セラピストの皆さんからは絶対体幹って言われるんです。それはそれで、あー。そーなんだなあ。って思うんですが、でもその理由を聞くと私にはイマイチ分からなくて、聞いてるとどの患者さんも皆問題点が体幹になってるからなおさらよく分からなくて悩んでます。」
これが正解とか間違ってるとかそんな事は一旦置いといて。
この言葉から僕が感じた問題点と、そして嬉しかったことと言うのは
まず問題点というのは、『全員問題点が同じと感じていること』ということ。
逆に嬉しかったことというのは、『この1年目の後輩がここに疑問を感じてくれたこと』です。
僕が1年目の頃に感じた違和感。
それもまさにこれでした。
この、全員問題点が同じになっちゃう現象。
これはつまり、言い換えれば視点が全員同じということになります。
仮に今回の例に置き換えた話しをすると、問題点が『体幹』だとしても全員が全員『YES体幹!!』なんてなってたらこれってかなりやばいなぁって思うんですよ。
もし合ってるならまだマシですが、例えばこの右に習えみたいな感じで全員が『体幹』と言ってて、その方向性が崖っぷちに向かっていたらどうでしょうか?
崖っぷちに行き着いてやっと気づくんです。
「あ、間違ってた」と。
でもその時には遅いでしょうと。
もし、このイエスマン集団の中に1人でも批判的吟味をする事ができる人材がいたり、ここでいう『体幹』というものに対して問題提議できる人物がいれば、崖に行き着く前に気づくことが出来たかもしれません。
つまり、それほどイエスマンが集まっている集団って危ないんです。
一見団結力が高いように見えますが、崩れる時はみんな一緒に終わります。
話しを戻しますが、そんな中で1年目だからこそかもしれませんが、この何とくよく分からない違和感に気づき、さらにその違和感を抱えたまま臨床をするのではなく、相談しにきてくれたことが本当に嬉しかったです。
僕達の定期的にやっているグループはこの同じ視点の方向性に疑問を抱いていましたので、この1年目の後輩の悩みや思いというのは痛いほどよく分かりました。
もちろん世の中にある〇〇手技や概念が悪というわけではなくて。
ただ、そこに浸かり過ぎてしまうと患者さんを見る時の視点にバイアスがかかってしまい、病態解釈が歪んでしまう可能性があります。
きちんと患者さんの病態を捉えるためにはそういったバイアスを一度取り除きクリアな目で見ていかなければならないと思っています。
ですので、昨日来た後輩が今後その違和感を忘れないように、尚且つその感じた違和感を自分で変えていけるようにきちんと客観生を提示していかないといけないということを改めて感じました。
ふーーーーーー。
新人さんにあのような子が1人でもいてくれてよかった!!
芽を潰さないように僕ら先輩はお互い相互作用しながら高め合っていけたらなぁ。
と考えておるところです(´∇`)
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