皆さんは、複雑性局所疼痛症候群(CRPS)という難治性疼痛疾患をご存知でしょうか?
CRPSは、外傷などをきっかけに手や足などに痛み等が残存してしまう状態になっており、これまで治療法としてよく用いられていたのが『ミラー療法』なのですが、しっかり効果を発揮する一方で中には逆に痛みが増す患者様もいるんです。
そんな患者様に対し効果的な治療法として最近注目されているのが、『段階的な運動イメージプログラム:GMI』という新しいアプローチです。
このコラムでは、GMIがどのような治療法であるのかという点や、実際の成果についてを解説していきます。
CRPSの治療もしくはリハビリテーションに悩んでいる理学療法士や作業療法士の皆さん、新たな治療法を知りたい方はぜひ最後までご覧ください。
CRPSに対するミラー療法の限界とその代替手段をご紹介
CRPSとは?
複雑性局所疼痛症候群(CRPS)とは、手や足などの局所的な痛みを引き起こす疼痛症候群の一つです。
CRPSは、怪我や手術、あるいは関節の長期固定などをきっかけとして発症し、患部に過剰な疼痛、腫れ、皮膚の温度変化、発汗異常、筋力低下、関節拘縮、運動や感覚麻痺などの症状が現れます。
その他、触るだけで痛みが生じることがあるアロディニアを呈することもあります。
原因は完全には解明されていませんが、最も有力な仮説としては末梢(患部)の問題というよりは、末梢・中枢神経系における機能異常が関与しているとされています。
CRPSに対する従来の治療法
CRPSに対する治療法はいくつかありますが、代表的なものを一つ挙げると『ミラー療法』があります。
そのほかには、レーザー治療や電気刺激療法、運動療法や弁別課題などもあるぞ。
とはいえ、過去の先行研究を見ても「ダントツでこの方法が有効です!」というものはなく、どれも効果が限局的というのが今の現状となっています。
これは、ミラー療法も例外ではなく、事実CRPSの患者様の中にはミラー療法を行うと逆に痛みが増してしまう。という方も一定数いるというのが事実です。
CRPS患者に対してミラー療法を行う目的
CRPS患者様に対して、ミラー療法を行う際「何の改善を狙って行うのか?」という点ですが、結論これは脳内プログラム(特に前頭葉)の再構築を目的に実施することが多いです。
というのも、CRPS患者様の多くは「患側肢の運動のイメージが適切に行えない」という問題を抱えており、その結果として感覚と運動の不一致などが生じ痛みが惹起することがあると言われているからです。
事実、以下のスライド写真はCRPS患者様における脳内fMRI画像ですが、見るとCRPS患者は対照群に比べて運動実行時の脳活動はもちろん運動イメージの際に生じる脳活動も著しく低下していることが分かっています。
ミラー療法は、鏡の中に投影される自分自身の「動く手もしくは足」を見ることによって、もう一度適切な運動イメージの再構築を行うことが可能な方法になっているのです。
痛みの減少はもちろんじゃが、動かしにくい手足を再度動かせる様になるためには、まずは適切に運動イメージが行えるということが欠かせないんじゃ。だからこそ、運動麻痺様の症状を伴うCRPS患者様に対するミラー療法は効果的だったりするんじゃ。
同時にミラー療法は、「これは私の手(足)である」といった身体所有感の惹起にも一役買っていいることから、CRPSはもちろん身体所有感が喪失しやすいとされる脳卒中後や慢性疼痛患者様に対してもよく行われる方法になっています。
ただ、何回も言うようにCRPS患者様の中にはミラー療法を行うと痛みが強くなったりするケースがあり、ミラー療法を実施したくてもできないケースがあります。
そんな場合に、代替できる方法として近年注目を集めているのがオーストラリアのPTであるLorimer Moseley氏が考案した『Graded Motor Imagery:GMI』です。
CRPSに対する新たな治療法『GMI』とは
『Graded Motor Imagery』は、痛みを伴っている患者様の中でも「患肢の運動イメージが行えない」という方が対象です。
つまり、CRPSの患者様などですね。
先ほどお伝えしたように、痛みが慢性化している方の中には「動かすのをイメージするだけで痛くなりそう…」と運動イメージに痛みが付随してしまっている方や、「動かし方が分からない…」というようにそもそも運動イメージが想起できないという方がいます。
GMIはこうした運動イメージに何らか障害を持っている方に対し、3段階の運動イメージリハビリトレーニングを通して、適切な運動イメージ能力を再構築していくことを目的としています。
GMIのリハビリプログラム
GMIは大きく3段階から構成されるリハビリプログラムです。
第一段階が『メンタルローテーション課題』、第二段階が『運動イメージトレーニング』、そして最後の第三段階が『ミラー療法』となっています。
従来のリハビリ方法と異なるのは、GMIはミラー療法一択ではなく、その手前に難易度の低い運動イメージ課題を準備しているという点です。
つまり、いきなりミラー療法を行うと痛みが惹起する方は、第一・第二段階である程度運動イメージ能力が高まってからミラー療法を実施していこうという流れになっているわけです。
GMIの具体的なやり方やオススメのツールなどについては、オンラインサロン『はじまりのまち』で詳細に解説していますので、ご興味あればそちらをご覧ください。
CRPSに対するGMIの効果
では、ここからは実際のCRPS患者様に対してGMIがどれほどの効果を発揮するのか、その成果をお見せしたいと思います。
ご紹介する論文はこちらです。
どんな研究なの?
ざっと研究の背景や目的を説明すると…
CRPSタイプⅠの患者さんの中には、ミラー療法を行うと痛みが増してしまう方もいるしな…何かミラー療法以外かつ、患部の運動が伴わなくても患部に関連する大脳皮質領域を活性化できる方法はないだろうか…
お、『運動イメージ』なんてどうだろうか…!
と、すごくざっくりいうとこんな感じです。
研究デザイン
対象となったのは、上肢CRPSタイプⅠを持つ13人の患者様(女性8名)が選ばれました。
手関節の骨折後6か月以上経過し、CRPSが発症した患者が対象となっておるぞ。
なお、この研究はランダム化比較試験を採用しており、6週間GMI治療を受けるグループと継続的な医療管理(対照群)にランダムに割り当てられました。
アウトカムは、Neuropathic Pain Scale(NPS)が用いられており、これは神経障害性疼痛に関する痛みに特化した評価スケールです。
評価は、2→4→6→12週後にそれぞれ実施され、CRPSの状態がどの様に変化するかを追いました。
結果
結果を以下の表で示します。とはいえ、表を見ただけでは何のこっちゃ分からないと思うので、この表に基づいてポイントを解説していきます。
項目 | GMI群 | コントロール群 |
---|---|---|
6週間後のCRPS解消者数 | 2名 | – |
12週間後のCRPS解消者数 | 4名 | 2名 (GMIに移行後) |
NPS, 指の周囲, 手の認識反応時間 | 減少 (P<0.01) | MIPに移行後減少 (P<0.01) |
その他治療 | 減薬 (2名) | 新薬開始 (1名) |
まず、注目すべきはGMIを6週間実施したグループは6週間後に2名、12週間後には追加で2人、計4名がCRPSの解消に繋がったことが明らかになりました。
また、コントロール群に割り付けられていた人2名が途中でGMI群に移行したところ、12週間後にCRPSの基準を満たさなくなったことも分かりました。
同様に、GMI群に追いてはNPSをはじめとする痛みの状態も12週間後には減少しており、それに伴って薬の量も減りました。
つまり、運動イメージを用いた訓練はCRPSの治療に多少なり効果があるということがこの研究で明らかになったのです。
ミラー療法が使えない時はGMIを
実際には、しっかり病態解釈を行ってからにはなりますが、臨床でCRPSの患者様の理学療法ないしは作業療法を行っていく際、「ミラー療法が上手いことできない」という場面が稀にあります。
そんな時に『GMI』を実施していくという流れは、選択肢の一つとしてアリだと思います。
また、今回の記事では触れていませんが、患部の運動を伴わずに運動関連脳領域を賦活させるもう一つの方法として『運動観察療法』というのもあるので、併せてミラー療法の代替手段として活用頂けると良いのではないかと思います。
そして、それら運動イメージや運動観察によってある程度、患側肢のイメージが可能になり不快感等もなくなってきたら、再度ミラー療法にチャレンジしていくといった流れもOKだと思います。
GMIの第3段階にもミラー療法はあるわけなので、前段階の準備として運動イメージなどの訓練を用いるのが良いかもしれないですね!
CRPSは難渋する疾患の一つであるからこそ、一つの方法が必ずしもうまくいくとは限らないケースが多いです。
そのため、第二・第三の方法を自分の引き出しとして持っておくことで、少しばかりの勇気を持って臨床に挑めるようになるのではないかと思います。
皆さんの明日の臨床がもっと前に進むこと、心から祈っております。
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参考文献
Graded motor imagery is effective for long-standing complex regional pain syndrome: a randomised controlled trial.Moseley GL,2004
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