慢性疼痛をはじめ、「痛み」の病態を探っていく際に欠かせないのが痛みそのものを多面的に捉えることです。
多面的というのは具体的に『感覚的側面』・『情動的側面』・『認知的側面』に最近では『社会的側面』も加えた大きく4つの側面から痛みをとらえていくことです。
というのも、これまで痛みの原因を探っていく時というのは多くの場合…
・患部に炎症はないかな?
・メカニカルストレスが原因かな?
など、その視点は末梢組織(筋肉や関節、靭帯など)に注目が当たりがちでした。
しかし、これはどれも『感覚的側面』に関連するもので、そうなるとそれ以外の側面に抜け漏れが出てしまい、適切に痛みの病態解釈ができないことがあるんですね。
事実、すごく抽象的に表現すると「患部の問題は無くなったけど痛みだけ残っている」という人は一定数いて、こうなると、これまで感覚的側面だけを追ってきたセラピストにしてみたらもはや原因っぽいものが組織にないので、そこで思考がフリーズしちゃうわけです。
で、これは決してCRPSや線維筋痛症、脳卒中後の痛みのような難治性疼痛の話しをしているわけではなありません。
「腰が痛い」とか「肩が痛い」とかそのレベル感の話しです。
というわけで今回は、いわゆる『運動器疼痛』に分類されるような疾患をお持ちの人の病態に迫っていこうと思います。
具体的には、慢性的に肩が痛いに共通する特徴ですね、ここを『認知的側面』の部分から掘り下げていきたいと思います。
【痛みの認知的側面】慢性的に肩が痛いの原因は肩ではなく○○にあるかもしれない
慢性疼痛患者における痛みの認知的側面の特徴
慢性疼痛患者における痛みの認知的側面の特徴(一部)を以下に示します。
慢性疼痛患者は、急性疼痛患者や健常対照者に比べ大脳皮質に正確に身体表現がされない(moseley,2015)
感覚統合に重要な後頭頂皮質の活動低下が関連している(vartiainen.2013)
慢性疼痛患者では、身体の大きさや位置を認識したり身体の一部をイメージする能力に障害が生じている(wand,2011)
病的疼痛の原因は自己身体の知覚情報と視覚情報の不一致が原因である(Harris.1999)
このように一部の慢性疼痛患者に共通する点として、「身体イメージや運動イメージを構築する脳内メカニズムに破綻が生じている」というのが挙げられます。
とはいえ、これをみても皆さん
本当にそんな人いるの?
実際にどうやってそんなの評価するの?
というような疑問を持たれるんじゃないかと思います。
そこで、この疑問にお答えするために今回は一本の論文をご紹介したいと思います。
どんな論文かざっくりいうと、「凍結肩(frozen shoulder)を患っている人を対象に、患側肩の運動イメージ能力と知覚識別能力を評価した」という研究です。
この研究を解き明かしていくと、最初の問いである「本当に慢性疼痛の中に運動イメージとかが障害されている人っているの?」に答えられると思います。
ただし、申し訳ないんですが結論に関してはこの後解き明かしていく中でお伝えしたいので、この問いの答えは後ほどお話しします。
慢性的な肩の痛みを持つ人の運動イメージ能力と知覚識別能力の評価方法
ひとまず先に、2つ目の疑問を解決しておきます。
要するに、「運動イメージや身体イメージの評価ってどうするん?」という話しです。
実は、痛みに関連した大脳皮質の変化は運動イメージの検査と感覚検査によって間接的に調べることができるとされていて、この研究で用いられた方法は『メンタルローテーション課題』と『二点識別覚』です。
メンタルローテーション課題とは
メンタルローテーション課題とは、さまざまな向きや形の手や足の写真を何枚も用意して、それらをランダムに対象者に見せます。
対象者は、その写真を見て「右手もしくは足なのか、左手もしくは足なのか」を答えなければなりません。
これ、どういうことかというと…
実際にやってみたらわかると思いますが、見た写真が右なのか左なのかを答えるためには頭の中で写真の手足を回転させる必要があるんです。
つまり、視覚的に捉えた写真を自分自身の視点に変換する、つまり『運動イメージ能力』が求められるわけです。
もし、運動イメージ能力が乏しいと回答までに時間を要してしまします。
二点識別覚とは
二点識別覚とは、皮膚の二点を同時に触れてこれを識別できるかどうかを診る検査です。
検査の方法は、コンパスやノギスを用いたりするのが一般的です。
「二点識別覚で何がわかるのか?」というと、それは『頭頂葉の障害に基づく感覚障害の有無』が把握できます。
実は、過去に「二点識別覚を実施しているときにどの脳領域が活動しているか?」を調べている研究があって、その結果明らかになったのが『下部頭頂葉』でした。
下部頭頂葉は、角回と縁上回からなる脳領域でここでは視覚や体性感覚といった異なる感覚が統合され『身体イメージ』や『身体所有感』を構築する場所だと考えられています。
つまり、二点識別覚を行うことで間接的に身体イメージの評価が可能になるというわけです。
ただし、厳密にいうとこれのみじゃ足りずその他の評価と組み合わせる必要があったりするのもまた事実です。
なお、この二点識別覚の【意義】や【方法】、【カットオフ値】などに関しては、別記事で超絶詳細に解説しているので、もしご興味あればこちらも併せてご覧ください。
補足ですが、この研究では運動イメージを『メンタルローテーション課題』、感覚検査を『二点識別覚』で行っていますが、これ以外にもいくつか方法はあります。
先ほど言ったように、ざっくりと身体イメージの評価を行うなら二点識別覚だけでもいいですが、厳密にはこれだけじゃ足りません。実際には他の評価方法と組み合わせる必要があります。
この辺りの詳細な評価方法についてはオンラインサロン『はじまりのまち』で全て解説しているので、もしご興味あればそちらからご覧ください。
それでは、話しを戻します。
改めて、この研究の概要を簡潔にまとめます。
NRSで平均5点ほどの痛みがある凍結肩を患う患者18人に対して、患側肩におけるメンタルローテーション課題と二点識別覚を実施した
それでは、これを踏まえた上で明らかになった結果を見ていきたいと思います。
結果① 慢性的に肩が痛い人は運動イメージ能力が低い
まずは一つ目、『運動イメージ能力』についてです。
結論、メンタルローテーションを行った結果「健側に比べ患側肩の反応速度がめっちゃ遅い」ということが分かりました。
要は、健側だと容易に視覚イメージを運動イメージに変換できるのに、患側肩だとそうはいかない。ということですね。
結果② 慢性的に肩が痛い人は知覚識別能力が低下している
二つ目は、知覚識別能力についてです。
知覚識別能力といってもピンとこないかもしれないので、抽象化すると「自己身体をきちんと知覚できているのかどうか」です。要は、身体イメージに近い話しです。
この知覚識別能力を二点式別覚で評価した結果、「健側に比べ患側肩の二点識別覚の距離が大きい」ということが明らかになりました。
具体的には、健側肩が『55.9㎜』なのに対し、患側肩は『66.6㎜』とその範囲が大きかったのです。
解釈としては、二点の距離が大きいほど知覚識別能力が低下していると判断できるとされています。
二点識別覚の責任領域は下頭頂小葉(IPL)と考えられていて、二点識別覚が低下しているということは頭頂葉における感覚統合機能が低下していると予測できる。(Akatsuka K,2008)
慢性的な痛みはもはや単なる“運動器疾患”じゃない
この結果から分かるように、いわゆる慢性的に肩が痛い人というよくある運動器疾患も、その病態は運動イメージや身体イメージの障害といった部分が絡んでいることがあります。
つまり、痛みの部位は末梢の組織でもその原因となりうるものには『認知的側面』も関与している可能性が高いということです。
このように、これまで痛みを『感覚的側面』のみで推論していた方も、今後はより多面的に病態をとらえていく必要があるかもしれません。
ただ、これは決して「感覚的側面の優先度を下げろ」といっているのではありません。
「感覚的側面に対するアプローチを行ってもなんかいまいち効果が出ないな」と感じるケースは稀にあると思いますので、そういった場合に『情動的側面』や『認知的側面』、『社会的側面』といった部分にも目が向けられると良いのではないかと思います。
それでは、本日の内容は以上です。
明日も良い仕事しましょう。
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参考文献
1)Motor Imagery Performance and Tactile Spatial Acuity: Are They Altered in People with Frozen Shoulder?.Breckenridge JD,2020
2)The Discrimination of Two-point Touch Sense for the Upper Extremity in Indian Adults.Kannathu Shibin,2013
3)Neural codes for somatosensory two-point discrimination in inferior parietal lobule: An fMRI study.akatsuka,2008
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