前回、『進化論から考える直立二足歩行の成り立ち』について解説してきましたが、今回はその続編になります。
まだ、前回の記事をご覧になられていない方はこちらからチェックしてみてください!
ちなみにサクッと前回の復習をすると…
なぜ、そもそも人は直立二足歩行を獲得したの?
というマクロ的な部分を進化論の視点から解説しました。一方、今回お伝えするテーマは前回から少し発展して…
直立二足歩行を可能にするための必要条件は何か?
このテーマについて解説していきたいと思います。
直立二足歩行を可能にするための骨格構造とバイオメカニクス
直立二足歩行の解明①『股関節&膝関節の伸展可動域の必要性』
直立二足歩行を実現させるためには、どうやったってまずは下肢が伸展位になる必要があります。となると、関わってくるのは股関節と膝関節でありますが、ヒトの股関節&膝関節の伸展可動域は他の動物と比較しても格段に大きくなっています。
サルやその他の四足歩行の動物は体軸に対して股関節が伸展することはできませんし、大腿部と下腿部が一直線に配列されるなんてことも当然ありません。
このように、股関節が体軸より伸展し、立脚中期で下腿と大腿が一直線になる骨格構造を持っているのはヒトだけです。これらの事実からも、股関節と膝関節の伸展可動域の拡大は直立二足歩行を可能にするための必要条件だということが言えます。
またこの股関節&膝関節の伸展はもう一つ、直立二足歩行を行う上で重要な役割を果たしています。それが、『エネルギー効率』です。
おさらいになりますが、直立二足歩行の最大のメリットは“エネルギー効率が良い”ことでした。この機能を獲得するためにヒトは、転倒のリスクをとってまで‟直立化”を選択したのです。
なぜ、エネルギー効率が良くなるのか…というと、それは下肢が伸展することで身体重心が上昇し、その結果『位置エネルギー』を高めることが可能となるからです。
このように、重力環境にある力学的エネルギーを利用することで筋力に頼らなくても歩行が可能になるというわけです。これが、直立二足歩行を可能にするための股関節&膝関節の進化になります。
直立二足歩行の解明②『腰椎前彎の出現』
ヒトには頚椎の前彎、胸椎の後彎、腰椎の前彎がありこれを生理的彎曲と言います。実は、ヒト以外の動物ではこのような構造をとっておらず、腰椎の前彎はヒトにみられる解剖学的な特徴です。
とすると、なぜヒトは『腰椎の前彎』という骨格構造の進化を取り入れる必要があったのでしょうか?結論からいうと腰椎の前彎は…
『股関節の直上に身体重心を配列するため』に獲得した骨格構造なのです。
少しおさらいですが、直立二足歩行を行う上ではまず身体が直立化する必要があります。そして、身体を直立化するためには股関節&膝関節が一直線に伸展する必要ことと、もう一つ直立化するためには欠かせない要素があります。
それが“体幹(脊柱)”です。
直立化をするためには、先ほど話した股関節&膝関節の伸展構造に加え、その下肢の上で体幹を直立に定位しなければなりません。逆に例えば、脊柱にS字弯曲がなく後彎している四つ足動物が立位をとろうとしたらどうなるか。
重心が前方に偏位してしまいます。
だからこそ、オランウータンといった動物はその重心補正のために前脚を地面についてナックルウォークを行っています。
ヒトは、身体の直立化を獲得するために腰椎の前彎をつくり、身体重心を股関節の直上に配列することを可能にしたのです。また、身体重心を股関節の直上に持ってくると何が嬉しいのかというと、それは
重心の位置が股関節の直上に配列されなければ、関節モーメントが発生し大きな筋活動を要すからです。
大きな筋活動を要してしまっては本来の直立二足歩行の目的である『エネルギーの効率化』からは離れてしまうのでNGです。だからこそ、腰椎が前彎し股関節の直上に身体重心が配列される必要があるのです。これが直立二足歩行を可能にするための腰椎に生じた骨格構造の進化です。
直立二足歩行の解明③『骨盤の形状変化』
人の骨盤の形状と、類人猿の骨盤の形状を比較すると大きな違いが見られます。それは、ヒトの方が横に広く縦に短くなっているのです。
実は、この骨盤の変化は直立二足歩行を獲得したヒトにおいてとても重要な骨格構造の変化なのです。そこでこれを解き明かしていくために少しヒトの歩行を考えてみましょう。
ヒトの直立二足歩行は、必ず『単脚支持期』と言うものがあり、その際に必ず伴うのが…
‟重心の側方移動”です。
一方で四足歩行を行う動物や、オランウータンのようにナックルウォークを行う動物というのは単脚支持期がないため、『重心を側方に移動させる』なんてことはありません。後脚の一つが遊脚期を迎えても前脚で身体を支えているからです。
この『重心の側方移動』がヒトの骨盤の変化にどのような役割をもたらしているのか…進化の中で直立化を行っていくと、どうしても重心の側方移動が生じてきたためヒトはどうしたかというと、股関節の外側に強力な外転筋を発達させました。そうすることで、重心移動に耐えられる構造に変化したのです。
ただ一方で、四つ足を主流とする動物というのは、ヒトに見られるような股関節の外転筋は存在しません。なぜなら、四つ足動物やオランウータンのナックルウォークは、先ほど述べた通り重心が側方移動することがないため、股関節外転筋を設ける必要がないのです。
ただ、実はヒトでいう中殿筋に当たる筋肉は四つ足動物ももっているのですが、全て股関節の後方にあります。これが何を意味するか…
答えは、‟股関節の伸展”のために働いているのです。
なぜならば、このような四つ足動物は木を登ったり、素早く動いたリする必要があるからです。
素早く動くためにはより大きな筋力が必要なため、どうするかと言ったら…骨盤の縦径を長くすることで殿筋群の張力を大きくし、それにより俊敏な動きを可能としています。
逆にヒトは、直立化に伴い重心の側方移動を行わなければならなくなったため、後方にあった殿筋群を外側に移行し、単脚支持期を迎えても転倒しない骨格構造へと進化を遂げました。
その際に、股関節外転筋である中殿筋の作用効率を高めるために骨盤の縦径を短くし、横径を大きくしていると考えられています。これが骨盤に起きた骨格構造の変化です。
直立二足歩行のための骨格構造まとめ
さて、以上がヒトが直立二足歩行を行う上で必要となった骨格構造の変化です。
逆に言えば、直立二足歩行を行うためには…
- 『股関節&膝関節の伸展』
- 『腰椎の前彎』
- 『骨盤の形状変化』
この3点は欠かせないファクトになりそうです。
臨床で、骨盤の形状自体が縦径が長くなっている人はほとんどいないかもしれませんが、股関節&膝関節の伸展制限がある方や、腰椎の前彎が不足している方、こういった方は多く診ることがあるのではないかと思います。
そういった意味では、これら進化論による歩行の成り立ちというのも臨床を行う上で一つのきっかけになれるのではないかと思います。
参考文献のご紹介
1)姿勢と歩行の成り立ちと運動制御.理学療法ジャーナル 49巻1号 (2015年1月),石井慎一郎
2)脊柱と椎骨の形態学.犬塚則久
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