脳卒中後、歩行のリハビリテーションを進めていく際にキーワードの一つとしてよく挙げられるのが『推進力』です。
推進力とは、歩行を行う際に前方へスムーズに進んでいく力のことで、この力を得るためには歩行立脚後期に後肢で床を強く蹴り出す必要があります。
それを踏まえた上で、脳卒中患者様においてこの推進力はどうなっているか、というと…
多くの場合この推進力が乏しく、その結果『歩行スピード』が遅くなってしまうという問題を抱えています。
「歩行スピードが遅くなる」という問題は、恐らく多くの療法士の皆さんの中で共通認識となっている部分で、だからこそこの問題を解決するための手段として、早歩きの練習を行うといったケースがあるかと思います。
しかし、ここで考えたいのは、歩行スピードが低下してしまうという状態が、仮に「推進力の低下である」と仮定した場合…
「そもそも脳卒中後において、推進力が低下してしまう原因ってなんだろう?」という問いではないでしょうか?
そこで今回は、このあたりも踏まえた上で主に以下の点について解説していきます。
※内容の信頼性を担保するために、私見よりも海外の論文を中心とした内容で解説します。
- 脳卒中後における歩行の推進力が低下してしまう原因を列挙する
・足関節底屈モーメントの必要性
・股関節伸展可動域の必要性
・痙縮とは異なる底屈筋収縮の必要性 - 推進力を向上させるための方法論を紹介する
・歩幅を利用したトレーニング
・拘束歩行トレーニング
・道具を用いたトレーニング
それでは、はじめていきましょう!
脳卒中後に歩行の推進力が低下してしまう原因とトレーニング方法の紹介
歩行の推進力が低下してしまう原因
歩行の推進力が低下してしまう原因①〜足関節底屈モーメント〜
脳卒中後、歩行の推進力が低下してしまう原因として考えられるもの一つ目は…
『足関節底屈モーメントが発揮できない』です。
一般的に、歩行の推進力低下の原因として真っ先に挙がってくるのが恐らくこの問題ではなかと思います。(よく耳にしませんか?)
少し具体的に解説すると、これは歩行立脚後期につま先で床を蹴り上げるときに必要な力(足関節底屈運動)のことです。
立脚後期に、つま先で床をグッと蹴ることができれば、その力を利用して下肢全体を大きく前方に降り出すことができます。
そして、これが推進力となることでスムーズな歩行につながっていくと考えられています。
では、「つま先で床を強く蹴るために必要なことは何か?」というその構成要素を考えていくと、一番大きな要素となるのは…
『下腿三頭筋』の筋活動です。
立脚後期(踵離地)における腓腹筋はハムストリングスの約4倍、大殿筋の約2倍の筋活動が発揮されていた。
自然歩行時における前方推進力と下肢後面筋の筋活動について.平野ら,2005
立脚後期に足関節底屈モーメントをつくり出すためには、下腿三頭筋の筋活動は必須となることから、臨床でここはぜひチャックしておきたいところです。
ただし…!
いくら下腿三頭筋の筋活動が必要といっても実はこれにはある条件があります。
歩行の推進力が低下してしまう原因②〜足底腱膜が緊張していない〜
歩行立脚後期に下腿三頭筋の筋活動は必要である一方、ただ単に筋収縮が生じればいいというわけではありません。
というのも、下腿三頭筋の筋活動のみで推進力の必要条件がこと足りるのであれば、理論上脳卒中後の歩行推進力は低下しないはずだからです。
ーなぜか?ー
それは、脳卒中後は痙縮によって下腿三頭筋が収縮しやすい状態にあるからです。
『推進力確保』のために、下腿三頭筋の筋活動が必要なのであれば脳卒中後はむしろその条件は揃っているように見えるのですが、一つだけ欠けていることがあるのです。
それが、足底腱膜の緊張を伴った状態で、下腿三頭筋の筋収縮が起こせないということです。
通常立脚後期につま先で床を蹴る際、下腿三頭筋の収縮による足関節底屈運動は生じる一方、その時足趾というのは必ず伸展していなければなりません。(つまり、これが足底腱膜を緊張させた状態で下腿三頭筋が収縮している状態です。)
ところが、脳卒中後遺症の方はこれがとても苦手です。
なぜならば、脳卒中後の下腿三頭筋の収縮というのは、痙縮の影響を強く受けるので足関節の底屈、そして足趾の屈曲という現象が同時に生じてしまうからです。
そのため、下腿三頭筋の筋活動は得られる一方で、推進力自体は乏しい状態になってしまうのです。
だからこそ臨床において、推進力にフォーカスする場合には必ずここも見ておく必要があります。
歩行の推進力が低下してしまう原因③〜股関節伸展可動域が足りない〜
推進力が低下してしまう原因の最後は、『股関節の伸展可動域の減少』です。
推進力といえば、ここまで話してきたような立脚後期における足趾のプッシュオフに注目が集まりがちですが、実は推進力を生み出すために最も大切なのはこの股関節伸展可動域であると考えられています。
ーなぜか?ー
下腿三頭筋による足関節底屈運動というのは、股関節伸展可動域によって発揮できるパワーが変わるからです。
推進力は、後肢の身体に対する向きと足底屈筋によって生じる足関節底屈モーメントによって影響を受ける。そして、後肢の角度は足底屈筋が発揮する推進力への変換を促進する。
These legs were made for propulsion: advancing the diagnosis and treatment of post-stroke propulsion deficits.Awad LN,2020
要は、「体幹に対する下肢の位置は、下腿三頭筋の筋活動で生じる足関節底屈モーメントを変化させますよ」ということですね。
言い換えると、股関節の伸展可動域が十分でなければ下腿三頭筋の筋力は十分に発揮されないということです。
実際に、この関係性を裏付けた研究も存在しているので以下にご紹介します。
図の左側(a)の模型図に記載されている『TLA』というのは『Trailing limb angle』の略語で定義は、『床に対する垂直軸と、大転子から第5中足骨頭までの間で作成したベクトルとの間の角度』とされており、要はTLAが大きいほど下肢全体の伸展可動域が拡大しているといえます。
それを踏まえた上で右側の(b)を見ていくと、つま先が床から離れる瞬間(つまり立脚後期)にかけて、GRF(床半力)と足関節モーメントは大きくなっていくのですが、加えて下肢の伸展可動域の大きさを示すTLAも大きくなっていることがわかります。
- GRF:前方方向への床半力
- ankle moment:足関節モーメント
- TLA:上記解説
つまり、股関節伸展可動域と足関節底屈筋力は強く関連しているということです。 ただし…
健康な歩行速度変調時の推進力変化の65%はTLAの変化によるもので、足関節モーメントの変化による推進力変化は33.7%であることが実験結果から明らかになった。
The Relative Contribution of Ankle Moment and Trailing Limb Angle to Propulsive Force during Gait.Hsiao H,2015
というように、最終的に推進力のパワーそのものを生み出すのは下腿三頭筋かもしれませんが、必要条件として『股関節の伸展』は必須であると考えられます。
というわけで、以上が歩行時の推進力を妨げる原因3つになります。
臨床状その他にも要因は様々ありますが、ひとまず最低限抑えておきたいのが今回ご紹介したものになるので、これを機にしっかり覚えておきましょう。
では、ここからはこういった問題を踏まえた上で…
具体的にどういったリハビリ方法があるの?
という、方法論に関してまたまた3つほど紹介していきたいと思います。
続きは『はじまりのまち』で!
参考文献
1)自然歩行時における前方推進力と下肢後面筋の筋活動について.平野ら,2005
2)These legs were made for propulsion: advancing the diagnosis and treatment of post-stroke propulsion deficits.Awad LN,2020
3)The Relative Contribution of Ankle Moment and Trailing Limb Angle to Propulsive Force during Gait.Hsiao H,2015
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