腰痛は現代人にとって身近な悩みで、手術を受けることが最善の選択とされるケースも少なくありません。
しかし、皆さんは手術を受ける前にどのような要素が回復の過程に影響を与えるのかご存知でしょうか?
そんな疑問に答えるため今回は、最新の研究をもとに腰椎手術後の理学療法における回復のばらつきについて詳しく解説していきます。
この記事では、「椎間板ヘルニアの手術の成果について」そして「どのような要因が手術後の回復に影響を与えるのか」という点を個人差が大きいことが示された研究結果をもとに解説します。
これを抑えることで、臨床医がどのように手術のタイミングを判断すべきなのかの一助となり、同時に理学療法士の立場でいくと…
◯◯の側面が強い場合は手術が必要かもしれないし、それがない場合はしない方が良いかもしれない。
ということを、臨床医と議論する際の材料の一つにもなるかと思います。ぜひ、最後までご覧いただき明日の臨床に活かして頂けると嬉しいです。
【2023年最新】予後を左右する!腰椎椎間板ヘルニア手術前の重要ポイント
研究の背景
まず、はじ目に今回参考にさせて頂いた論文はこちらです。
この研究の背景として、これまで腰椎椎間板ヘルニアにより手術を受けた人が、その後回復経過が大きく異なるという事実があったにも関わらず、これまでの研究では、このばらつきを評価するためのアウトカム(結果)の軌跡が調査されていませんでした。
そこで本研究の主な目的は、腰椎椎間板ヘルニアの術後における長期的な回復のばらつきを評価し、アウトカムの軌跡を特定することでした。
また、術前に収集される患者の人口統計学的特徴や臨床的特徴などが、術後経過不良となった場合の予測因子となるかを調べるのが二次的な目的です。
方法
この研究では、以下3点に該当する方が対象となった研究です。
- 腰仙神経根圧迫の臨床症状と徴候がある人
- 磁気共鳴画像法(MRI)により該当レベルの椎間板ヘルニアが確認された人
- 微小椎間板切除術と術後理学療法を受けた人
手術は、脳神経外科医(13年の経験)または整形外科医(35年の経験)により後方アプローチで行われたぞ。
手術後、患者様は回復についての情報や自宅での過ごし方、あとは回復に必要となる運動のやり方などを学びました。
退院時には、リハビリテーションに関する知識と理解の向上、筋力、筋持久力、可動性の向上、日常生活活動、仕事、スポーツの再開を目標とした治療計画を立て、プライマリーケアの理学療法士に紹介されました。
プログラムの内容や頻度、治療期間については、患者様の個々の目標やニーズに合わせて調整されています。
対象となった患者様の特徴は、以下5つの領域で評価されました。
- 年齢や性別などの基本情報
- 手術前の治療データ
過去腰部手術の経験の有無、術前の理学療法の有無、術前の注射療法の有無、術前の鎮痛剤の有無など - 症状の強さや障害度を測る尺度
術前の腰痛と下肢痛の強度(VAS)、腰痛より脚の痛みの方が強い(VAS)、ベースラインの障害(RDQ) - 神経学的検査
SLR、反射、感覚、筋力 - MRIで見られる椎間板ヘルニアやその他の併存症
椎間板ヘルニアのレベル、脊柱管狭窄症、脊椎嚢胞、小節関節症、低形成椎間板などのMRIで見られる併存症
アウトカム
アウトカム評価に採用された評価方法は以下です。
①VAS
Visual Analog Scale:VASは0~100の範囲で、スコアが高いほど痛みの強度が高いことを示します。
②RDQ
Roland-Morris Disability Questionnaire:RDQは、腰痛によってどれくらい日常生活活動が障害されているかを患者自身が評価する方法です。
腰痛における『理学療法診療ガイドライン』においても、RDQは推奨グレードAとなっており国内でもその有効性は確認されています。
結果
腰部微小椎間板切除術を受ける予定の532人の患者のうち、479人が研究に参加しました。
参加者の平均年齢は44.0歳で、女性が40.2%を占めていました。以下は、参加者の基本情報をまとめた表です。
項目 | 数値 |
---|---|
参加者数 | 479人 |
平均年齢(SD) | 44.0歳 |
女性の割合 | 40.2% |
腰の手術経験者数 | 73人 |
理学療法経験者数 | 303人 |
術前薬物使用者数 | 110人 |
脊椎(1レベル)の手術を過去受けたことがある人数 | 452 |
手術が行われる予定の部位として、L4-L5とL5-S1が最も頻繁に治療されました。また、脚の痛みの強さ、腰痛の痛みの強さ、障害のスコアは以下の通りです。
項目 | 手術前 | 3ヶ月後 | 12ヶ月後 | 24ヶ月後 |
---|---|---|---|---|
脚の痛みの強さ | 75.0 (58.8-85.9) | 7.0 (1.0-26.0) | 6.0 (0.5-27.0) | 5.0 (1.0-30.0) |
腰痛の痛みの強さ | 50.0 (20.0-73.6) | 12.0 (4.7-30.0) | 11.0 (2.4-38.8) | 11.8 (2.4-40.0) |
能力障害のスコア | 17.0 (14.0-20.0) | 6.0 (3.0-10.0) | 4.0 (1.0-10.0) | 4.0 (0-9.0) |
この表を見ると分かるように、手術後は脚や背中の痛み、能力障害のスコアが大幅に改善しました。
脚の痛みのスコアに関しては、手術前がVASで75.0点だったのに対し、24ヶ月後には平均5.0点まで減少しています。
同じく腰痛の痛みのスコアは、手術前がVASで50.0点だったのに対し、24ヶ月後に平均11.8点まで減少しています。
最後に、能力障害のスコアは、手術前がRODで17.0点だったのに対し、24ヶ月後に平均4.0点まで改善が見られました。
以下の図は、これらのデータをグラフでまとめたものです。
下肢痛・腰痛・能力障害の経過の詳細
下肢痛の改善を軌跡ごとに分析し、患者の臨床経過を以下の表で示します。
軌跡タイプ | 患者の割合 | 経過説明 |
---|---|---|
大幅改善 | 79.3% | 3, 12, 24ヶ月目にほとんど痛みがない |
まあまあ改善 | 7.9% | 24ヶ月のフォローアップ期間中、軽い下肢痛が持続 |
ほとんど変化なし | 4.9% | 手術の効果がほとんどなく痛みのスコアが高いまま |
改善後再発 | 7.9% | 3ヶ月で急速に改善したが、12ヶ月と24ヶ月で下肢痛が増加し、再発 |
これらの軌跡タイプは、手術後の下肢痛の改善度合いや経過を示しています。
『大幅改善タイプ』は痛みがほとんどなくなり、『まあまあ改善タイプ』は痛みが軽減されるものの一定程度痛みが残ります。『ほとんど変化なし』タイプは手術の効果がほとんど現れず、『改善後再発タイプ』は一度痛みが改善したものの後に再び痛みが出てきます。
見ると、約8割近くの人は大幅に改善し、オペによってその後も痛みが出なくなる傾向にありますが、残りの約2割の人というのは「完璧に良くなったとはいえない」というのが実際のようです。
では、次はこのデータと同様の『腰痛バージョン』を見ていきましょう。
以下に、腰痛の改善を軌跡ごとに分析し患者の臨床経過を以下の表で示します。
軌跡タイプ | 患者の割合 | 経過説明 |
---|---|---|
大幅改善 | 70.2% | 3, 12, 24ヶ月目に腰痛スコアが低い |
まあまあ改善 | 10.6% | 軽度の腰痛がフォローアップ時まで持続 |
ほとんど変化なし | 6.7% | 手術の効果がほとんどなく、痛みのスコアが高いまま |
改善後再発 | 12.5% | 3ヶ月で急速に改善したが、12ヶ月と24ヶ月で腰痛が増加し、再発 |
興味深いのは、下肢の痛みに比べて腰痛に関しては『大幅改善タイプ』が約7割まで減少するという点です。
その分どこに一番乗っかっているかというと、『改善後再発タイプ』なんです。
下肢痛においては約8%だった再発率が、腰痛に関しては12%まで上昇するというのはすごく興味深い結果ではないでしょうか?
それでは、最後に『能力障害』に関する経過を表でまとめていきます。
以下に、能力障害の改善を軌跡ごとに分析し患者の臨床経過を以下の表で示します。
軌跡タイプ | 患者の割合 | 経過説明 |
---|---|---|
大幅改善 | 59.5% | 3ヶ月で急速に減少し、12, 24ヶ月でさらにゆっくり減少 |
まあまあ改善 | 20.7% | 軽度の障害がフォローアップ期間中に持続 |
ほとんど変化なし | 16.3% | 3, 12, 24ヶ月で障害スコアにわずかな変化のみ |
改善後の再発 | 3.5% | 3, 12ヶ月で急速に改善したが、24ヶ月で障害スコアが増加 |
これを見ると、能力障害に関しては『大幅改善タイプ』が全体の約6割ということが分かりました。
能力障害のスコアが痛みと比較して最も異なる点は、「再発が少ない」という部分だと思います。
下肢痛の再発率が8%、腰痛の再発率が12%だったことを考えると能力障害による再発率が約4%というのはそこそこ優秀な結果ではないでしょうか?
なお、以下の図はここまで解説してきた下肢痛・腰痛・そして能力障害の経過をグラフで一覧に示しています。
術後経過のまとめ
これらデータをまとめていきます。
結論、この研究では156名(32.6%)の患者様が下肢痛、腰痛、能力障害のいずれかで良くない結果を示す軌跡(“ほとんど変化なし”や“改善後再発”)に属していました。
以下に、これら3つのアウトカム(下肢痛、腰痛、能力障害)のうちいくつ「ほとんど変化なし」もしくは「再発後改善」に当てはまったのかを一覧で示します。
悪い結果の回数 | 患者数 | 割合 |
---|---|---|
1回 | 92名 | 19.2% |
2回 | 36名 | 7.5% |
3回 | 28名 | 5.8% |
- 1回:患者が3つのアウトカム指標のうち、1つだけで悪い結果を示している。
- 2回:患者が3つのアウトカム指標のうち、2つで悪い結果を示している。
- 3回:患者が3つのアウトカム指標すべてで悪い結果を示している。
さらに、この中身の詳細については以下のようになっています。
- 能力障害のみ:44名
- 腰痛のみ:33名
- 下肢痛のみ:15名
- 腰痛と能力障害:18名
- 腰痛と下肢痛:13名
- 下肢痛と能力障害:5名
- すべて(下肢痛、腰痛、能力障害):28名
ふーん、これで見ると「痛み」そのものが軽減しても「日常生活におけるパフォーマンス」に変化を感じない、もしくは再発したという人の割合が一番多いんだね。
術後予後不良となる要因
最後に、この研究結果から得られた予後予測因子について解説していきます。
腰痛の予後予測モデルについては、3つのモデルが提唱されていて、これらは、対象者の治療結果を予測するために使用されます。
予後予測モデルとは、患者の手術前の情報をもとに手術後の結果(腰痛や障害の改善)を予測するための統計モデルのことじゃ。要は、治療後の腰痛が大幅に改善するか、それとも改善があまり見られないか、あるいは能力障害が継続するかどうかを予測するためのモデルということじゃな。
【前提情報】モデルの評価指標
予後予測モデルの性能を評価するために、この研究では「分散」と「AUC」(Area Under the Curve)が用いられています。分散とAUCは、予測モデルの性能を評価するための指標ですが違う目的で使われます。
分散は、モデルが予測する値が実際の値からどれだけ離れているかを見るための指標です。分散が小さいほど、モデルの予測が実際の値に近くなり予測が正確だと言えます。しかし、分散は予測の正確さだけを見ているため、予測がどれだけバランスが取れているかは分かりません。
AUCは、予測モデルがあるクラスに属するかどうかを正確に判断できるかを見るための指標です。
AUCは0から1の範囲の値を取り、『1』に近いほどモデルが正確にクラス分類ができることを示します。AUCは、予測がバランスが取れているか、つまり正しい判断と間違った判断のバランスを評価します。
簡単に言えば、分散は予測の正確さを測るために使われ、AUCは予測モデルが正しいクラス分類ができるかどうかを測るために使われます。モデルの性能を評価する際は、両方の指標を考慮することが重要です。
クラス分類とは、データを特定のカテゴリーやグループに分けるタスクのことを指します。たとえば、ある患者が特定の病気にかかっているか否かを判断する場合、クラス分類は「病気にかかっている」クラスと「病気にかかっていない」クラスにデータを分けるタスクになります。
①術後腰痛が大幅に改善するのを予測するモデル
「腰痛の大幅改善」を予測するモデルでは、以下の要素が重要であることが分かりました
- 腰痛手術の経験が多い
- 注射療法の経験がある
- 脚の痛みが強い
これらの要素がある場合、術後腰痛が大幅に改善しない可能性が高まります。
逆にいうと、これらの要素がない患者は術後腰痛の改善がより期待できることを意味します。
このモデルの正確性を評価するために用いられた分散の値は『0.121』であり、AUCは『0.71』でした。
②能力障害の悪化と能力障害の大幅改善を予測するモデル
このモデルでは、以下の要素が重要であるとされています。
- 腰痛手術歴が多い
- SLRが陰性
- 術前の投薬使用が多い
- 脚の痛みが強い
- 高い能力障害レベル
これらの要素がある場合に術後の能力障害の悪化が予想されることが分かりました。
逆に、これらの要素がない患者の場合は能力障害の大幅改善が期待できることを意味しています。
このモデルの正確性を評価するために用いられた分散の値は『0.13』であり、AUCは『0.73』でした。
③転帰不良と中等度の能力障害を予測するモデル
「転帰不良と障害の中等度を予測するモデル」とは、対象者の術後の障害が転帰不良(つまり、障害が悪化する)か、もしくは中等度改善する(つまり、障害がある程度改善する)かを予測することを目的としています。
このモデルでは、以下の要素が重要であるとされています。
- 注射療法の経験がある
- 投薬の経験が多い
- 高い能力障害レベル
このモデルの正確性を評価するために用いられた分散の値は『0.04』であり、AUCは『0.70』でした。
臨床への示唆
それでは、ここまでお伝えしてきた内容をまとめていきます。
この研究では、腰椎微小椎間板切除術(腰椎の椎間板を取り除く手術)後に理学療法を受けた対象者の回復状況を調べました。その結果として、対象者の回復は平均的に良好でしたが、個々の回復状況はかなりばらつきがあることが分かりました。
具体的には、脚の痛み、腰の痛み、能力障害(日常生活への影響)の改善状況を調べ、それぞれ「大きな改善」、「まぁまぁ改善」、「最小限の変化(ほとんど変化なし)」、「再発」の4つのカテゴリに分けました。
その結果、「最小限の変化(ほとんど変化なし)」もしくは「再発」に1つ以上当てはまる人が約32%いました。
で、です。
このように、術後の経過が悪い人の術前の特徴を調べると、いくつか共通点が発見されました。
つまり、術前に対象者の特徴を抑えることで、手術をすべきなのか、はたまた経過を見ながら進めていくのか、一つ参考情報として使えるのではないかと思います。
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参考文献
1)Variability in recovery following microdiscectomy and postoperative physiotherapy for lumbar radiculopathy: A latent class trajectory analysis.Stijn J. Willems,2023
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