近年、慢性疼痛に対するリハビリテーションの考え方の一つとして『生物医学モデル』ではなく『生物心理社会モデル』という枠組みで病態を捉えていくことの大切さが謳われ始めています。
しかし、とはいえ実際の現場を見渡してみると、「姿勢アライメント is KING」的な推論がまだまだ多かったり、関節や筋肉もしくは画像所見で捉えられるものだけが原因であるとする考え方は根強く残っています。
加えていうと、こういった考え方は僕が属するリハビリテーション領域の中でいくと理学療法士に圧倒的に多く、恐らくこの背景には養成校時代からの教育が少なからず影響しているのではないかと考えられます。
ただ、これだけだと僕の感想というか憶測で終わってしまうので、今回は…
世界中に存在する理学療法士さんは、一体痛みのリハビリテーションに対してどのような認識を持っているのか?
この点に関して、実際に行われた研究を引用しお伝えしていきたいと思います。
【論文解説】痛みに対して生物医学モデル的解釈が蔓延してしまう理由まとめ
はじめに、今回ご紹介する論文はこちらです。
Physiotherapists may stigmatise or feel unprepared to treat people with low back pain and psychosocial factors that influence recovery: a systematic review.Synnott A,2015
この論文は、腰痛におけるPTのリハビリテーション介入についての意識調査を行ったもので、トータル6338件の論文から最終12本に絞られた研究(合計182名)に対するシステマティック・レビューです。
出来るだけ論文の中で述べられていることそのままを知っていただきたいので、いつもは僕なりの言葉で解説していますが今回は翻訳したものをできる限りそのままお伝えしていきます。
痛みに対する理学療法士の態度
腰痛は、もはや純粋に腰椎の構造的、解剖学的、あるいは生体力学的な障害として捉えられることはありません。
それは、ここ数十年の研究により明らかになっており、腰痛というのは複雑な障害であり、他の様々な要因に影響されることが分かっています。
痛みを複雑化する因子としては、認知的要因(例:破滅的思考や信念、モチベーションの低下)、心理的要因(例:抑うつ、不安)、社会的要因(例:低い仕事満足度、対人関係のストレス、文化的要因)、身体的要因(例:防御性収縮や制限された動作パターン)、ライフスタイル(例:運動不足)などがあります。
これらの要因は、慢性化のトリガーとして作用し、少なくとも一部の慢性腰痛患者において、遅い回復と障害の長期化に寄与すると考えられています。
しかし、理学療法士は他の多くの医療専門家(例:カイロプラクター、オステオパス、医師)と同様に、少なくともその初期教育においては、より生物医学的な教育もしくはトレーニングを受けてきています。
これにより、認知的、心理的、社会的要因を慢性腰痛のリハビリに取り入れることは、理学療法士にとってより大きな課題となるかもしれません。
また、理学療法士の学生は、他の医療系学生と比較して痛みに対して比較的エビデンスに基づいた態度や信念を持っていることが分かっています。
しかし一方で、最近卒業した理学療法士は、痛みに対する腰痛ガイドラインや現代の研究結果に一致しない治療方法や考え方(信念)を示すことがあり、いくつか異なる研究デザインによる最近のレビューでは、理学療法士は理論的には腰痛に対する生物心理社会的アプローチを支持しており、認知行動的な原則に基づくトレーニングを受けているにもかかわらず実際に適切に実行している人は非常に少ないということが分かっています。
そこで、本システマティック・レビューでは…
「腰痛患者の回復の妨げとなる認知的、心理的、社会的要因の特定と管理について、理学療法士はどのように認識しているか?」
この点について実態を調査していきます。
方法と結果
今回、合計で6338件の論文がデータベースで発見されましたが最終的に、合計12件(合計182名の参加者)の論文が対象に含まれた。
9つの研究はヨーロッパ、2つのオーストラリア、1つはカナダの論文で、大部分は2004年から2013年の間に理学療法の場で行われたものでした。
レビューの結果、明らかになったことは、やはり多くの理学療法士は生物医学的に病態を捉えることを好み、生物心理社会的側面についてはあまりタッチしないということが明らかになりました。
理学療法士が急性腰痛患者の心理社会的問題をスクリーニングするために有効な評価指標を用いることはほとんどない。これは、「急性腰痛は急速に回復する」という伝統的な考え方があるためで、臨床的改善が見られない患者に対してのみ評価指標が用いられることが多い。
Physiotherapists may stigmatise or feel unprepared to treat people with low back pain and psychosocial factors that influence recovery: a systematic review.Synnott A,2015
それでは、なぜこうも生物医学モデルが蔓延してしまいやすいのでしょうか?
これには、大きく3つの理由があることが分かりました。
痛みに対して生物医学モデル的解釈が蔓延してしまう理由
原因① 患者側がそれを求めている(と思っている)
いくつかの研究では、患者の生物医学的治療への期待が、彼らのマネジメントアプローチに影響を与えることを理学療法士が述べている。(Synnott A,2015)
理学療法士A
「彼ら(患者)は、私たちのところにマッサージを受けにきたと思ってるかもしれないし、何かをしてもらったら良くなると思っているかもしれない。」
理学療法士B
「痛みの原因などについて少し話しをしたところで、満足してまた来てくれるかというと意外とそうでもないんですよね。治療に行ってもあまり意味がない、と思われるのがオチです。彼ら(患者)は、私たちが言っていることを聞きたいのではありません。私たちが自分を良くしてくれることを望んでいるのです。」
原因② 生物医学モデルをセラピスト側が強く好んでいる
多くのPTは、自分たちの役割は主に腰痛の機械的側面に対処することだと考えていた。彼らが腰痛の機械的側面を扱うことを好む理由は、彼ら自身の過去のトレーニングや専門家としての自信が反映されていると思われる。(Synnott A,2015)
理学療法士C
「私の患者は皆、腰椎の安定性エクササイズを行いますが、必要であろうとなかろうとそれを受けることになります。」
腰痛が非特異的なものであると言われた患者であっても、PTは腰痛の機械的側面を探ることを好み、腰痛に関する他の側面に気づかないか、あるいはそれに対処しないことを選択した。(Synnott A,2015)
理学療法士D
「おそらく姿勢の歪みである可能性が最も高いことを彼女に説明するでしょう。その根底には椎間関節の変性に問題がある可能性があります。」
それを裏付けるように、理学療法士の間では、圧倒的にバイオメディカルな痛みの表現が好まれる傾向にありました。(Synnott A,2015)
理学療法士E
「わかりやすい理論の方が好きでしょ?」
一部のPTは、痛みの生物医学・機械的要因に対する理解や認識の不足のみを慢性化への進行の原因としており、腰痛の慢性化の認知・心理・社会的要因については全く認めていない。(Synnott A,2015)
理学療法士F
「私たちPTの役割は動きが回復するようにすることですが、何が動きを妨げているのかは知る必要があります。活動を促進するためのエクササイズを与えることは良いのですがそれだけでは不十分です。身体的の構造、あるいはバイオメカニクス的な要素を解決しなければ、慢性化に向かっていくことになると思います。」
原因③ 生物心理社会的背景を持つ患者を否定的に捉える
多くの慢性腰痛患者はネガティブな特徴を持ち合わせていた。これに対して一部のPTは「注目を浴びたい」・「やる気がない」・「他人に依存している」といった患者への非難が含まれていた。(Synnott A,2015)
これに関しては、例えば…
「あの人は痛みに弱い人だから」
「あの人は注目を集めたいから痛いって言ってるんだよ」
「仕事に行きたくないから痛いって言ってるんだよ」
というようなもので、いわゆる不定愁訴扱いにしてしまいやすいものですね。
生物医学的に説明がつかない痛みに出会った時、多くの理学療法士はそれを患者様のキャラクターのせいにしてしまいがちな傾向があることが示唆されています。
痛みに対するPTの意識調査まとめ
というわけで、以上が痛みの患者様にに対するPTの意識調査まとめでした。
このシステマティック・レビューを見るとまだまだ生物医学モデル的な解釈が蔓延していることがよく分かり、かつその背景にあるのは過去の教育であったり、痛みの原因を説明できないことに対するPT自身の不安なども多少なりあるのかもしれません。
とかく、今回列挙させていただいた「痛みに対して生物医学モデル的解釈が蔓延してしまう理由」に関しては多くの方がどこか納得感があるような、そんな結果になったのではないかと思います。
これから痛みに対するリハビリテーションがどのように変化していくか。
ここに関しては、また数年後に同様のレビューが発表されるのを待つことにします。
それでは、最後までご覧いただきありがとうございました!
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