この記事では、昨年(2022年)国内で行われた研究を参考に、慢性腰痛患者さまの脳の特徴について解説していきます。
昨今、痛みと神経系の関連を示す研究は増えてきており、特に今回はこれが国内で、しかも大規模で行われた研究ということで非常に貴重な報告となっています。
ぜひ、最後までご覧いただき痛みの知識をアップデートしていきましょう!
【国内の研究報告】健常者と慢性腰痛患者の脳活動には特徴的な違いがある!
まず、はじめに今回解説させていただく論文はこちらです。
研究が行われた背景と目的
慢性腰痛は、世界的に見ても最も頻繁に見られる疾患の一つですがそのうち約90%は痛みの原因や由来を明確に特定することができないと言われています。
だからこそ、少し前まではこういった所見上問題の見られない腰痛に関しては、一部「痛みの原因は心(メンタル)に問題があるんだ」という『心因性疼痛』という名称で分類される傾向にありました。
しかし近年、中枢神経系の関与によって痛みの調節機能の変化が重要な役割を果たすと考えられている『痛覚変調性疼痛:nociplastic pain』という概念が提唱されました。
慢性腰痛は、最も一般的なnociplastic pain syndromeのひとつと考えられており、したがって中枢神経系の変化は慢性腰痛の経過に重要な役割を果たすと考えられています。
実際、慢性腰痛が脳の構造や機能の変化と有意に関連していることを示す証拠が増えてきていて、慢性腰痛患者はそうでない人に比べて痛みに関連する脳領域の脳容積が低いことが明らかになってきています。
しかし一方で、これらの研究のほとんどはサンプルサイズが100人以下の小規模な症例対照研究となっています。そこで今回ご紹介する研究では、日本で暮らす1000人以上の高齢者の脳磁気共鳴画像(MRI)データを用いて、慢性腰痛と脳の局所萎縮との関連を調査することを目的に実施されました。
研究の目的
沢山の人(1000人以上)の脳磁気共鳴画像(MRI)データを用いて、慢性腰痛と脳活動との関連性を調査すること。
研究の実施方法
今回研究の対象となった地域は福岡県にある久山町です。
65歳以上の住民2202人(この年齢層の町の総人口の94.1%)が認知症のスクリーニング調査に参加し、そのうち1577人(71.6%)が頭部MRIを実施しました。
- MRIデータの使用に同意しなかった7名
- 解析に不適切なMRIデータが見られた49名(脳卒中の既往など)
- 認知症歴130名
- 慢性疼痛に関するデータがない285名
対象者のグループ分け
参加者は、慢性疼痛の有無と主に痛みに苦しんでいる身体部位のアンケート情報に基づいて、以下の3群に分類されました。
- 慢性疼痛なし(NCP)群
- 慢性腰痛あり(CLBP)群
- 腰以外の身体部位の慢性疼痛(OCP)群
※慢性疼痛は、国際疼痛学会(IASP)の定義に従い、3ヶ月以上主観的な痛みがあることと定義した。
研究の結果
①脳活動以外の部分
はじめに、脳活動以外の部分で明らかになった点について解説します。
NCP群と比較してCLBP群に特徴的だった点が以下です。
- 低学歴であること
- 高血圧であること
- 抑うつ症状があること
- 定期的な運動が行えていないこと
NCP群と比較して、CLBP群では低学歴、高血圧、抑うつ症状の割合が有意に高く、定期的に運動をしている人の割合が有意に低かった。
Association between chronic low back pain and regional brain atrophy in a Japanese older population: the Hisayama Study.asada,2022
腰痛ではないものの、身体の何処かに慢性的な痛みを伴っているOCP群とNCP群を比較して明らかになった点が以下です。
OCP群では、NCP群と比較して、年齢、BMIの平均値、女性、主観的経済状態、ADL障害、抑うつ症状の割合が有意に高く、血清総コレステロールの平均値、定期的な運動をしている人の割合が有意に低いことが示された。
Association between chronic low back pain and regional brain atrophy in a Japanese older population: the Hisayama Study.asada,2022
『抑うつ』や『生活習慣』みたいなものは慢性疼痛のリスクファクターとして、とても大きいのかもしれんな。
②脳活動について
NCP群の脳活動に比べCLBP群に特徴的だった点は以下です。
- 腹外側前頭前野
- 背外側前頭前野
- 後帯状皮質
- 扁桃体
これら脳領域の容積が有意に小さかったのです。(つまり萎縮がある)
中でも特にCLBP群において萎縮が強かった脳領域が『左上前頭回』ということがわかりました。
※NCP群とOCP群の間では、いずれの調査対象領域の脳容積にも有意差の証拠はありませんでした。
臨床への示唆
今回の結果から得られる臨床への示唆。
それは、慢性腰痛を患う方の多くは『前頭葉』と『大脳辺縁系』を中心に脳の萎縮が生じている可能性が高いという点です。
これは、痛みの情動・認知的側面の関与を裏付けるものだと僕は考えていて、いわゆる情動的側面であれば『大脳辺縁系』が責任領域であるし、認知的側面であれば『前頭葉』が一つその責任を担っているからです。
痛みの認知的側面は『頭頂葉』もその役割を担っておるぞ
痛みの感覚的側面は、主に患部の状態や筋-関節の部分で説明がつくことが多く、外部から身体を見て臨床推論を進めることができるので何となく“考えやすい”傾向にあります。
一方で、情動や認知的側面、ないしは社会的側面(経済状態など)などに関しては、身体所見上だけだと拾いきれない部分があって、こと身体を見るプロである理学療法士はややとっつきにくい印象があるかと思います。
だからこそ、その結果として生物医学モデル的な臨床展開が進められる状態になりやすいのだと思います。
しかし、今回特に国内(日本人)で慢性腰痛患者の脳の特徴が示されたことは、やはり身体所見以外の部分が痛みを拗らせている可能性が高いことを明らかにしたとても貴重な報告であると考えています。
よって、これを機に少しでも多くの理学療法士の皆さんが痛みの情動・認知的側面についても関心を寄せ、生物医学モデルから生物心理社会モデルへ臨床推論の転換が行われることを願っています。
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参考文献
Association between chronic low back pain and regional brain atrophy in a Japanese older population: the Hisayama Study.asada,2022
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