こんにちわ!理学療法士のきんたろー(@kintaroblog)です!
みなさんは、痛みを伴う患者様へのリハビリテーションを行う際、どのような方法を取り入れているでしょうか?
今回は、痛みのリハビリテーションにおいて現在注目を集め始めている『運動錯覚』について解説していきます。
【こんな人におすすめ】 ☑整形外科の術後急性期に関わる方 ☑運動イメージが行えない患者様を担当している方 ☑患肢の運動恐怖感をもつ患者様を担当している方 |
運動錯覚を利用した痛みのリハビリテーション
痛みの慢性化をおさらい
運動錯覚のリハビリテーションについて解説する前に、まずは痛みには3つの側面があるのでそこについて簡単におさらいをしていきたいと思います。
●感覚的側面
●情動的側面
●認知的側面
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本来‟急性痛”というのは痛みの感覚的側面が強くその原因は末梢組織に存在することが多いです。
また、術後急性期などは患部を固定したりすることで、物理的に患部を動かすことが出来ない状態になったり、ROM訓練をするにも炎症などで痛みが過敏に生じやすく、この痛み経験というのが“筋性防御”を引き起こし、慢性的な筋緊張亢進による筋・筋膜性疼痛へ移行する場合があります。
さらに、末梢組織だけに限らず痛みのある患部に対して運動恐怖心を抱いていたり、痛みに対する不安感というのは‟破局的思考”を生み、それはさらに患肢(部)の不活動が続く可能性がありこれを【恐怖-回避モデル(fear-avoidance model)】と言います。
このように、物理的にある身体部位を固定したり、運動恐怖といった情動的な影響により不活動が続くとどうなってしまうのかというと…
‟学習性の不使用(Learned-non-use)”が生じてしまいます。
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このように、末梢組織のみに存在した痛みの原因は、患部の不活動などにより中枢神経系の可塑的変化を生じさせ、痛みの側面が情動や認知的な側面にまで拡大していきます。
この中枢神経系の可塑的変化の一つとして体性感覚野の体部位局在の狭小化があり、これによりボディイメージの変質やneglect like syndromeといった障害にまで発展し、この変化により慢性疼痛へ移行していくことが現在強く示唆されています。
事実、整形外科術後患者様の約5割に慢性疼痛の発生が認められているようです。そのため、疼痛(特に急性期)のリハビリテーションでは、“いかに慢性疼痛への移行を防ぐか”というのが一つ大事な部分になってくるわけですが、その慢性痛への移行を防ぐために大切なことをまとめると…
・痛みによる不安や破局的思考のマネジメント
・患肢を積極的に使用し、学習性の不使用を防ぐ
これらが求められるわけです。
脳をだます“運動錯覚”
急性疼痛から慢性疼痛への移行を予防するためのに大事なこと…先程2つ述べましたが、今回は後者の『患肢を積極的にしようし、学習性の不使用を防ぐ』について考えます。
様々な理由により患肢の不活動が生じ、それにより感覚入力が低下することで脳の可塑的変化が生じるため、まずは『患肢の不活動』を避けたい
というのがビッグテーマなので、シンプルに『仮に患肢を動かしていなくても脳内で患肢が動いているという錯覚が生じれば中枢神経系(脳)の可塑的変化による慢性疼痛への移行を避けることが出来るのではないか』と考えることが出来ます。つまり…
↓
でも患部は動かせない(固定、運動恐怖、neglect…etc)
↓
患部(実物)が動いてなくても、脳内で『動いている』と騙すことができれば少なくとも脳内(体性感覚野)の変性は起きないのでは?
という仮説を考えることが出来ます。で、これを可能にする武器の一つが‟運動錯覚”になるわけです。
運動錯覚のメカニズム
運動錯覚とは、腱に100Hzほどの振動刺激を与えることで筋紡錘を興奮させ、関節運動の錯覚が生じることです。Naitoらの報告によれば、腱振動刺激による運動錯覚を最も惹起しやすい適切な周波数は80Hz、0.2~0.3Aでると報告しています。(今井.2012)
運動錯覚のメカニズムを説明すると…
筋紡錘は筋の長さの変化を感知する伸張受容器である。このため、振動刺激が筋紡錘を活動させると、その筋があたかも伸ばされているかのような筋長の情報が脳へ送られることにより運動錯覚が引き起こされる。
『物体の視覚的提示に伴う腱振動刺激による運動錯覚時の脳活動~fNIRS研究~ 今井ら』
腱振動刺激による運動錯覚中の脳活動
【Naitoらの研究】
腱振動刺激による運動錯覚中の脳活動をfMRIを用いて測定したところ…
振動刺激を与えた肢とは反対側の一次運動野、一次体性感覚野(3a.2野)、背側運動前野、補足運動野、帯状回運動皮質、同側の小脳が賦活することが明らかになりました。(今井.2012)
これらの部位というのは、運動関連領域とも呼ばれていて、実際に運動を行っている際にも賦活する脳部位です。
つまり、患肢は動いていないけど脳内では患肢が動いている。要は、‟脳をだます”ことが出来るのです。
そのため、術後急性期で固定により不活動が生じている場合や、痛みによる不安や運動恐怖から破局的思考が強い患者様において、患肢の実運動は伴わせずに脳内で運動錯覚を生じさせることで、二次的な脳内の可塑的変化を予防し、慢性疼痛へ移行させないことが可能となります。
これについては今井亮太先生らが実際に橈骨遠位端骨折術後急性期の患者様に介入研究されており、効果も実証されています。
橈骨遠位端骨折術後患者と運動錯覚
これは橈骨遠位端骨折術後患者様14名(運動錯覚群7名、コントロール群7名)に対して行った研究です。
『橈骨遠位端骨折術後患者に対する腱振動刺激による運動錯覚が急性疼痛に与える影響 今井ら』より引用
図のように、両手を合わせて非罹患側の総指伸筋腱に振動刺激を行うことで非罹患側が掌屈する運動錯覚が生じる。(総指伸筋が伸張されていると運動錯覚が起きるので掌屈になる)
すると、非罹患側が掌屈(運動錯覚)することで、合わせている罹患側はまるで背屈しているような運動錯覚が生じるのです。
これは、ピノキオ錯覚と言われるものと同じメカニズムで生じますが、これについてはこちらの記事で詳しく触れています。
この罹患側の手関節背屈という運動錯覚により、患部は実際には動いていないにも関わらず脳内では手関節の運動が生じているということになります。
結果、この研究ではコントロール群(通常の理学療法)と比較して運動錯覚群は安静時痛、運動時痛、ROM、また痛みの情動的側面を評価するPCSやHADS(不安)に有意な改善が見られており、急性痛に対する治療としても貢献しています。
運動イメージと運動錯覚はどっちが有効なの?
最後に、従来から運動イメージを行った際の脳活動と運動錯覚時の脳活動は等価(同じ)であると多くの論文で述べられていました。
だとすると…
➪介入の際に運動錯覚じゃなくて運動をイメージさせてもいいんじゃない?という話しになってきそうになりませんか?
ところがこれもまた、多くの研究によって明らかにされている事実として…
・『CRPS type1』患者様などではそもそも適切な運動イメージが行えない
・ 高齢者は鮮明な運動イメージが困難
ということが分かっています。また、さらにもう一つ大事なこととして…
患肢の運動イメージを行うだけで痛みが惹起する場合がある
この事実も大変重要で、術後急性期でこのようなケースがある場合は運動イメージでなく運動錯覚を用いた方が良いかもしれません。ここでは、最後の☑である『患肢の運動イメージを行うだけで痛みが惹起する場合がある』についてメカニズムを書いていきたいと思います。
運動をイメージするだけでなぜ痛みが生じるのか?
答えから先に言うと…痛みを伴う運動というのは負の情動を伴いやすいからです。
痛みには外側脊髄視床路(感覚系)と内側脊髄視床路(情動系)の二つがありましたが、負の情動を伴う痛みでは単純に感覚野に投射されるだけでなく、偏桃体や海馬といった情動に関わる部分にも投射されます。
また、偏桃体や海馬は情動だけでなく、“記憶”にも関与する部位ですから痛みを伴う運動は負の情動とともに記憶に残りやすいのです。
運動イメージというのは、自分の運動記憶から取り出して想起するものでありますが、その運動記憶には痛みと負の情動という‟おまけ”が引っ付いていますから、運動イメージを行うとその‟おまけ”もセットで想起してしまうため痛みを惹起してしまうのです。
このような人は大抵痛みに対して破局的思考に陥っていたり、不安や運動恐怖が強い人に比較的多くみられる現象です。一方で、運動錯覚であれば本人に運動イメージをさせることなく末梢からの刺激で運動関連領域の賦活が図れるので、破局的思考になっていても可能であるというわけです。
これを裏付けるものとして…
全ての対象者(橈骨遠位端骨折術後患者7名)において、腱振動刺激により運動錯覚を惹起させても痛みを訴える者は認められなかった。
『橈骨遠位端骨折術後患者に対する腱振動刺激による運動錯覚が急性疼痛に与える影響 今井ら』
と報告しています。
そのため、運動イメージor運動錯覚どちらをチョイスするのかに関しては、事前にPCSや不安の評価であるHADSをとるなどして、精神・心理面を把握をすることが必要になってきます。
さいごに
さて、以上が運動錯覚による疼痛リハビリテーションの一側面です。メカニズムを理解したりすることが中々難しいところではありますが、「痛みに対して様々な側面からアプローチする視点は必要なのかな?」と僕は思いますので、是非皆様のご参考になれば幸いです。
おまけ
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