さて本日は、神経科学どっぷりの内容でお送りして参ります。
テーマは、「脳卒中後遺症患者様の補足運動野に対して経頭蓋直流電気刺激(tDCS)を行った時に、歩行能力そして皮質脊髄路がどのように変化するのか?」というもので、今回はそれを調べた実際の研究をご紹介します。
脳卒中に対する経頭蓋直流電気刺激(tDCS)といえば、これまでは一次運動野や一次体性感覚野に対して行う研究は多かったですが、補足運動野に対して行ったものはあまりないのでぜひ本記事を最後までご覧いただき、余裕があれば原著まで見ていただけると嬉しいです。(URLを添付しておきます)
補足運動野を活性化すると歩行の◯◯が改善する
補足運動野の機能おさらい
本題に入る前に、はじめに簡単ではありますが補足運動野の機能について触れておきたいと思います。
補足運動野は、前頭葉の前方にある脳領域でブロードマンの脳領域でいくと『エリア6』になります。
こと歩行の中で補足運動野にどのような機能があるかというと、ざっと今言われている知見をまとめると以下のようなものが挙げられます。
大脳皮質から脳幹網様体へ皮質脊髄路の投射系が損傷される片麻痺歩行では、機能代償として皮質網様体路などを介した運動前野や補足運動野などの関与の増加がみられる。
ヒトにおける歩行と姿勢制御の神経機構.藤本ら,2018
健常者において、補足運動野付近の脳活動を高める練習を行ったところ、姿勢維持が対照よりも良好であった。
ヒトにおける歩行と姿勢制御の神経機構.藤本ら,2018
リハビリテーション治療前後において、脳卒中後遺症患者の両側補足運動野の有意な活動上昇を認め、バランス能力の改善と補足運動野活動の間に有意な相関を認めた。よって、補足運動野が脳卒中後片麻痺のバランス回復のための重要な領域であることを示唆しています。
Cortical changes underlying balance recovery in patients with hemiplegic stroke.Fujimoto H,2014
このように、補足運動野は歩行や姿勢制御といった部分に大いに関与している可能性が高く、同領域の機能をもっと解像度高く捉えていくことで、今後の脳卒中リハビリテーションにさらなる進化が訪れるのではないかと思います。
脳卒中後遺症患者の補足運動野を刺激した研究
それでは、今回ご紹介させていただく論文はこちらです。
Effects of Transcranial Direct Current Stimulation over the Supplementary Motor Area Combined with Walking on the Intramuscular Coherence of the Tibialis Anterior in a Subacute Post-Stroke Patient: A Single-Case Study.Hasui et al,2022
どんな研究?
本研究は、亜急性脳卒中後遺症患者様一名を対象とした縦断研究です。
過去もしくは、未来にわたってある特定の対象に対して観察・介入し、一定期間のデータをとる研究。
介入のフローをざっと紹介すると、脳卒中発症から137病日目に研究を開始し最初の1週間は歩行訓練を実施しました。(A期間)
歩行訓練のみ行ったその1週間後から、さらに1週間それにプラスして(損傷側)補足運動野へtDCSを実施しました。(B期間)
- A期間(1週間):歩行トレーニング
- B期間(1週間):歩行トレーニング+tDCS
- フォローアップ(2週間)
アウトカムとして用いた評価は以下です。
アウトカム | 評価方法 |
運動麻痺 | Fugl-Meyer Assessment(FMA) |
バランス能力 | Berg Balance Scale(BBS) |
体幹機能 | Trunk Impairment Scale(TIS) |
歩行速度 | Timed Up and Go test(TUG) |
重複歩時間変動性 | stride time variability(STV) |
前脛骨筋コヒーレンス (皮質脊髄路の興奮性) | 表面筋電図 |
膝関節伸展筋力 | ー |
自然歩行中の歩行リズムのばらつきを示す評価(歩行の安定性を見る)
結果何が分かったの?
まず、運動麻痺の程度と、体幹機能、そしてバランス能力についてはA期(歩行訓練のみ)とB期(歩行訓練+tDCS)で変化はありませんでした。
歩行速度については、A期そしてB期ともに0.03m/sでした。つまり、歩行訓練にtDCSを加えても歩行速度自体に変化はないということですね。
一方で、A期とB期で変わったことがありました。それは、『歩行の安定性(STV)』です。
STVの変化はA期で0.66%、B期では-2.23%でした。
この『STV』という評価は低い方が良い(=安定性が高い)とされています。
つまり、歩行訓練にプラスして損傷側の補足運動野へtDCSを行うことで、歩行の安定性が高くなったということです。
そして、これに加えてもう一つ見られた変化が、『前脛骨筋の筋活動の増加』です。
この筋活動の増加はB期終了時に見られ、フォローアップ期では特に立脚初期でそれは見られました。※遊脚期ではなし
では、これら結果を踏まえた上で考察に入ります。
補足運動野は歩行の安定性を高める
今回の研究から、補足運動野に対するtDCSと歩行訓練を併用した場合、立脚初期にのみ改善が見られました。
この結果は、tDCSを用いた補足運動野の興奮性の向上が遊脚期よりも立脚初期に大きな影響を与えたことを示しています。
つまり、補足運動野は歩行の特に立脚初期の安定性に深く関わっている可能性があるということですね。
補足運動野は皮質脊髄路の興奮性を高める
今回の研究では、皮質脊髄路の興奮性を可視化するための指標として、『前脛骨筋』の筋活動を用いています。
結果ですが、補足運動野を賦活することで前脛骨筋の筋活動が向上、つまり皮質脊髄路の興奮性が高まっていることを示しました。
加えていうと、フォローアップ期において立脚初期の前脛骨筋の筋活動は健常歩行に類似していることも明らかになっています。
補足運動野の機能まとめ
それでは、本日解説した内容のまとめに入ります。
- 歩行訓練とtDCSの併用は麻痺側立脚期における皮質脊髄路の興奮性と歩行安定性を改善する
- 補足運動野は皮質脊髄路の興奮性を高める
- 補足運動野を賦活しても歩行速度には変化は見られない
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