運動前にゆっくり伸ばすストレッチ(静的ストレッチ)を行うのは、怪我しやすかったり、むしろパフォーマンスが低下するからやめた方がいいよ!
日々、スポーツ現場で働いている人であれば、この説ってよく耳にしているのではないでしょうか?
それこそ、十数年前とかは、「運動前のストレッチ」は必ず行うべきウォーミングアップの一環として成立していましたが、いつくらいからか、「運動前はむしろストレッチはやめた方がいい」という流れがやってきたように思います。
ただ、ここで皆さんに一つお聞きしたこと。
それは…
本当に、運動前に静的ストレッチをすることによって怪我しやすかったり、パフォーマンスが低下するという事実を見たことがあるでしょうか?
こう聞かれるとどうでしょう?
そう言われるとー…うーん。なんとなく最近そう言われてるからそうなんだろうな。くらいかも…
と、思った方いらっしゃいませんか?
そこで、今回はストレッチが怪我やパフォーマンスに及ぼす影響について、実際の研究論文を参考にしながら解説していきたいと思います。
この記事を最後まで読めば、「運動前に静的ストレッチをするのはまずいかも!」というのを自信と根拠を持って選手や同業者に伝えられるようになるかと思います。
ぜひ、最後までご覧いただき明日の臨床に活かして頂けると嬉しいです。
【スポーツ前のウォームアップで静的ストレッチはNG?】ストレッチが足関節捻挫のリスクに与える影響を科学的に証明
はじめに〜ストレッチは足関節周囲の筋力に影響を与えるの?〜
今回参考にした論文はこちらです。
Muscle stretching changes neuromuscular function involved in ankle stability.Cerqueira ASO,2020
まずはじめに、ざっと研究の目的や方法、結果について解説し、それ以降に具体的な内容に関して触れていきますね。
本研究の目的
静的ストレッチングが筋力に悪影響を与えるという説が唱えられていますが、それが足関節の動的安定性にどのような影響を与えるかは不明でした。
そこで本研究では、静的ストレッチングが足関節の動的安定性に与える影響を筋電図(EMG)信号を用いて評価しました。
研究の方法
- 参加者:
20名の女子大学生(年齢;22.8±5.3歳) - 静的ストレッチ:
短腓骨筋(PB)と長腓骨筋(PL)に対して、30秒間の静的・受動的ストレッチを4回行う - 筋電図(EMG)信号取得:
ストレッチ前後で、足首捻挫を模擬した状況下での筋活動を記録
研究の結果
結果は以下です。(次項に詳細は解説)
項目 | ストレッチ前 | ストレッチ後 | p値 |
---|---|---|---|
PB遅延時間 | 66ms | 73ms | 0.003 |
PL遅延時間 | 70ms | 79ms | 0.001 |
PB RMS | 25.05 | 18.16 | 0.001 |
PL RMS | 22.84 | 15.61 | 0.001 |
RMS: 筋電図活動(100ms後)を示す値
ひとまず要約はこんな感じじゃ。それじゃ、ここから具体的に解説していくの。
具体的な研究の進め方
この研究では、模擬的に足関節捻挫を再現(足関節内反)し、その際の短腓骨筋と長腓骨筋の筋電図(EMG)信号を取得することで、静的ストレッチングが足関節の動的安定性にどのような影響を与えるかを調査しています。
具体的な実施方法は以下です。
研究デザイン
- 短腓骨筋(peroneus brevis)および長腓骨筋(peroneus longus)の筋電図(EMG)活動を、ストレッチ前後の模擬捻挫時に分析。
- 本研究は横断的な実験デザインを採用し、筋収縮が生じるまでの遅延時間(latency)と筋電図活動強度(RMS)をストレッチ前後で比較。
実施方法
- 介入前(ストレッチ前): 左足と右足でランダムに8回ずつ(計16回)の足関節捻挫を模擬的に起こさせ、PB筋とPL筋のEMG信号を記録。
- ストレッチ: 検査側の下肢に対して、30秒間の静的・受動的ストレッチを4セット行う。
- 介入後(ストレッチ後): 再度足関節捻挫を模擬的に生じさせ、同じくPB筋とPL筋の筋活動を記録。
結果①静的ストレッチは筋収縮の反応速度を遅らせる
先ほども提示しましたが改めて、以下が本研究で明らかになった結果です。
項目 | ストレッチ前 | ストレッチ後 | p値 |
---|---|---|---|
PB遅延時間 | 66ms | 73ms | 0.003 |
PL遅延時間 | 70ms | 79ms | 0.001 |
PB RMS | 25.05 | 18.16 | 0.001 |
PL RMS | 22.84 | 15.61 | 0.001 |
RMS: 筋電図活動(100ms後)を示す値
遅延時間って何?
遅延時間(latency)とは、神経筋反応が始まるまでの時間を示します。
神経筋反応とは、α運動ニューロンから送られた電気信号によって筋肉が収縮する反応のことを指しています。
それを踏まえた上でストレッチ前後における短腓骨筋・長腓骨筋の遅延時間を見てみると…
短腓骨筋は「7秒」、長腓骨筋は「9秒」、神経筋反応が生じる時間が遅くなっている事がわかります。つまり、遅延時間が伸びているという事ですね。
この結果から、静的ストレッチによって筋肉が収縮するまでの反応が鈍くなってしまうという事が言えそうです。
結果②静的ストレッチは筋収縮力自体を一時的に弱まらせる
筋出力の強さを表す指標『RMS』とは?
RMS(Root Mean Square)は筋電図(EMG)活動の強度を表す値で、筋肉の活性化を評価するために使用されます。
Peroneus Brevis RMSは、短腓骨筋の筋電図活動を示していて、ストレッチ前は25.05、ストレッチ後は18.16に減少しました。
つまりこれは、静的ストレッチによって短腓骨筋の筋活動の強度そのものが低下したことを表しています。
同じく、Peroneus Longus RMSは長腓骨筋の筋電図活動を示しています。
ストレッチ前は22.84で、ストレッチ後は15.61に減少しました。やはりこれに関しても静的ストレッチによってきん活動の強度が低下したことを示しています。
つまり、静的ストレッチを行うことによって筋出力自体が低下することがこの研究から示唆されました。
臨床への示唆〜足関節捻挫の予防にストレッチは効果的なのか?〜
今回の研究では、足関節捻挫を模擬的に起こした際における短腓骨筋と長腓骨筋の神経筋反応+筋出力が評価されたわけですが結論、静的ストレッチを行うと両者(神経筋反応+筋出力)ともに低下もしくは減少することが明らかになりました。
足関節捻挫は、「内反が生じた瞬間いかに反射的に外反方向へ筋収縮が起こせるか」が一つ鍵になる一方で足関節を外反へ導く作用のある筋肉に対して静的ストレッチを行うと、こういった反応が鈍くなってしまうということは何が言えるか。
それは、足関節捻挫の予防と称して過度に静的ストレッチを行いすぎると返って捻挫のリスクが高まる可能性があるということです。
特に、運動前なら尚更神経筋反応の反応速度や筋活動は必要になるため、 瞬発的な運動を開始する前に静的ストレッチを行いすぎるのは避けた方が良いかもしれません。
ここがポイント
ただし今回、静的ストレッチングが“短期的”には神経筋機能に悪影響を与えることが示されましたが、長期的なストレッチングの効果についてはまだ不明です。
よって、今後長期的な結果として静的ストレッチが関節の安定性や筋力にどのような影響を与えるかを調査することで、より効果的な運動プログラムの開発が可能になるかもしれません。
まとめ
「運動開始前に静的ストレッチを行うことへのリスク」を科学的に証明したお話しは以上となります。
もし、これまで「運動前にストレッチをするのは良くないというのはなんとなく知ってたけど、言語化できなかった…」という方はぜひ本研究を参考にしてみてください。
少しでも皆さんの臨床が前に進むことを祈っています。
セミナー案内
当サイト運営者であるきんたろーが登壇する予定のセミナーのご案内です。
オンライン・オフラインともに登壇予定のセミナーがございますので、ご興味ある方はチェックしてみてください。
主に『臨床推論』と『痛み』、『脳卒中』に関する内容について講義してるよー!
参考文献
Muscle stretching changes neuromuscular function involved in ankle stability.Cerqueira ASO,2020
コメント