この記事では…
- イップスとはどのような病態なのか?
- イップスの原因となる2つの因子
- ゴルフにて最もイップスが生じやすい瞬間
- イップスが発生する確率が高いゴルフクラブ
これらについて、昨年発表された論文をもとに解説しています。
ぜひ、最後までご覧いただきイップスのリハビリテーションないしは克服に生かして頂けると幸いです。
【ゴルファー1000人以上に聞いた】イップスの原因に最も関連するのはこの2つ!
「イップスとは?」まずは定義を抑えよう
本題に入っていく前に、まずは「イップスとは何か?」ここから整理していきましょう。
イップスは、アスリートのパフォーマンスに大きな影響を与える運動現象の一つであり当初は、「ハンディキャップの低いゴルファーがパッティングやチッピングの際に影響を受ける不随意運動」と定義されていました。(McDaniel,1989)
そもそも、ハンディキャップとはゴルフスポーツが由来で、「技量の異なるプレーヤー同士が公平な基準で競い合えるようにすることによりゴルフをより楽しめるようにすること」を目的に作られました。
つまり、この定義でいう『ハンディキャップの低い』というのは、パフォーマンスレベルが高いプレイヤーにおいてイップスは生じやすいと1989年時点の定義では述べられているわけです。
ところが、実際はパフォーマンスレベルに関係なくイップスが生じたり、ゴルフ以外のスポーツでも生じることからその定義が以下のように変わりました。
スポーツパフォーマンス中の微細運動スキルの実行に影響を与える精神-神経筋障害
The yips in sport: A systematic review. Int. Rev. Sport Exerc. Psychol.Clarke P, Sheffield D, Akehurst S2015;8:156–184. doi: 10.1080/1750984x.2015.1052088.
イップスの病態を考えていくときにこの『精神』と『神経』の障害というのがポイントです。
『精神』にあたる部分としては、不安や緊張、強いプレッシャーによって生じるチョーキングという現象がイップスの病態の一つとされています。
もう一つ、『神経』にあたる部分としては課題特異的局所性ジストニアというのがあり、これがイップスの病態として考えられています。
で、大切なのはこの2つがぱっくり切り離されているわけではなく混在しているというのも一つのポイントになってきます。
この定義を抑えた上で、事項からは本題である「イップスの原因となる因子」について国内の研究を参考に解説していきます。
今回参考にした論文はこちらです。
研究の目的
イップスに関連する潜在的な交絡因子や文化的背景の影響を調べるために、日本における高度な技術を持つプロゴルファーと非プロゴルファーにおけるイップスの疫学調査を実施する。
研究の方法
日本の2大ゴルファー団体であるプロゴルフ協会(PGA)と関西ゴルフ連合(KGU)と共同で、2014年6月から2015年8月にかけて高い技術を持つプロと非プロのゴルファーを調査した。
調査はアンケートにて実施され、質問は全部で28問用意されていた。(ほとんどチェックボックスで回答)
質問の内容
- 人口統計学的情報(年齢、性別、利き手)
- ゴルフのキャリアに関するもの(プロか非プロ、ゴルフキャリア期間、月あたりの練習時間、年間の総ラウンド数)
- 筋骨格系問題の有無(症状の部位と程度)
- イップスに関する知識と経験
補足
- 筋骨格系に問題がある場合は、首、肩、上腕、肘、下腕、手首、背中上部、背中下部、脚の各部位ごとに部位を指定するよう求められた。
- 症状の程度は、ゴルフにも日常生活にも影響しない軽度のもの、ゴルフには影響するが日常生活には影響しない中程度のもの、ゴルフにも日常生活にも影響する重度のものに分けて報告された。
- 参加者はイップスを経験した時に使用していたクラブ(パター、アイアン、ド ライバー)を指定するよう求められ、同様にイップスを経験した時の状況(ティーショット、フェアウェイショット、ラフショット、バンカーショット、アプローチ、パッティング)と自覚症状(ジャーク、スパズム、震え)を明記するよう求められた。
結果
回収率は驚異の92%!
まず、この研究で得られた結果で素晴らしいこと。それは、集められたアンケート結果は全部で1457枚あり回収率はなんと92%であったということ。
この結果は、ゴルファーのイップスについて検討したこれまでの研究の中で最大のものじゃな。
回収されたアンケート結果を以下に示す。
変数 | 結果 |
年齢 | 47歳(中央値) |
プロ | 85% |
性別 | 96%が男性 |
ゴルフ歴 | 28年(中央値) |
1ヶ月の練習時間 | 15時間 |
年間総ラウンド | 20ラウンド |
筋骨格系の問題で一番多かったのは『腰痛』
筋骨格系の問題は回答者の47.4%が記述し、そのうち26%が軽度、11%が中等度、9%が重度であった。
筋骨格系の問題を持つ回答者のうち、最も多かったのは腰痛であった。
イップスは筋骨格系の問題とゴルフ歴の長さが強く関係する
今回行われたアンケート結果を見ると、回答者の98%がイップスについての知識を持っていた。
実際にイップスを経験したゴルファーは約39%であった。
イップスを経験したゴルファーは、そうでないゴルファーに比べ、年齢が高く、ゴルフのキャリアが長く、筋骨格系の問題に悩まされる頻度が高いことがわかった。
その中でも、筋骨格系の問題とゴルフ歴の長さがイップスの経験と関連する独立した要因であることがわかった。特に、筋骨格系の問題が深刻であるほどイップスになる確率が高いことがわかった。
ただ、ここで特筆しておきたいこと。それは、「筋骨格系の問題がどの部位にあるかはイップス発生とあまり関連がない」ということである。
つまり、筋骨格系の問題を有すれば誰にでもイップスが生じてしまう可能性があるといえる。
イップスの臨床症状
イップスが発生したときに使っていたクラブ、発生場面、そしてその際の自覚症状や対処方法についての結果が以下である。
- パター(54%)
- ドライバー(31%)
- アイアン(19%)
- パッティング(54%)
- アプローチ(43%)
- ティーショット(33%)
- フェアウェイショット(14%)
- バンカーショット(8%)
- ラフショット(7%)
この2つの結果から、イップスが最も生じやすい場面は微細な筋活動が必要なパッティング(パター)の時であることが分かる。
- 痙攣(29%)
- ピクつき(23%)
- 震え(15%)
- 練習の負荷を増やす(33%)
- 練習の負荷を減らす(10%)
- 練習方法または打ち方の変更(63%)
- その他(20%)
練習量の増減とイップスの改善との間には統計的な関係は見られず、「練習方法または打ち方の変更」か「その他」というのがイップスの改善と関連することが明らかになった。
ちなみに、病院へ行きイップスの治療を受けた人は全体の8%しかいませんでした。
臨床的解釈
以上が、1000人以上のゴルファーの方から得られたイップスに最も関連する因子、そしてイップスが発生しやすい場面や対処法についてでした。
この結果で一つ意外だったのは、イップスの関連因子に「筋骨格系の問題がある」ということでした。
筋骨格系の症状が重いほどイップスになる確率が高くなることが示された。以前の研究では、尺骨神経障害が運動制御の障害を誘発することによって特異的ジストニアを引き起こす可能性が示唆された。筋骨格系の問題は中枢神経系への求心性入力の障害につながり、運動制御系の無秩序化を引き起こす可能性があると推測される。
Association of the Yips and Musculoskeletal Problems in Highly Skilled Golfers: A Large Scale Epidemiological Study in Japan.Yasufumi Gon,2021
これは推測の域を出ませんが、もしかすると筋骨格系の問題が運動のイメージや実際の体の使い方に僅かな変化を生じさせ、その結果としてイップスが発生している可能性もあるのかもしれません。
よって、イップスの改善にあたるセラピストの皆さんは「イップスそのものをどうにかしよう」ということも勿論大切ですが、同時にそこに至る前に生じていたであろう筋骨格系の問題にもフォーカスを当てていく必要があるかもしれません。
最後に「ゴルフ歴が長い」ほど、つまりある特定の運動経歴が長いほどイップスは生じやすくなる傾向にあるので、熟練した人ほど突然イップスに苛まれることがある。
という点も頭に入れておきたいところですね。
参考文献
1)The, “yips”: A focal dystonia of golfers. Neurology.McDaniel KD, Cummings JL, Shain S1989;39:192–195. doi: 10.1212/WNL.39.2.192.
2)The yips in sport: A systematic review. Int. Rev. Sport Exerc. Psychol.Clarke P, Sheffield D, Akehurst S2015;8:156–184. doi: 10.1080/1750984x.2015.1052088.
3)Association of the Yips and Musculoskeletal Problems in Highly Skilled Golfers: A Large Scale Epidemiological Study in Japan.Yasufumi Gon,2021
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