私達は目を閉じていても、自分の身体を触っているのか、また他者の身体を触っているのか。というのは特に悩むことなく判断することができます。
このような、私達が“自分の身体は自分のものである”といった感覚や、逆に他者の身体が自分のものではないと分かるのは一体どうしてでしょうか?
自己の身体と他者の身体という、境界線を決定づけるためには一体どのような機序やメカニズムが存在するのだろうか…
今回は、この点に関して『身体所有感』というのを一つのキーワードとして解説していきます。
身体所有感のメカニズムとリハビリテーション
身体所有感とは?
「身体所有感」というのは
「この身体は私の身体である」という自己の身体に対する意識の事です。
私達は普段から特に意識することもなく、右手で左手を触れば自分の左手を触っていることが分かるし、当たり前ですが、今見ている手足は自分のものであるという感触が分かると思います。
しかしこの身体所有感ですが、世の中にはこの当たり前のように感じているこの意識が障害される人たちがいます。それが「脳卒中後遺症」の患者様です。
しかし脳卒中後遺症の患者さまだけでなく、臨床で経験していると、「末梢神経損傷」の患者様や、骨折のオペ後の患者様も時折これに似た症状を見せる場合があります。
つまり、このことから何が言いたいかというと、身体所有感というのはどのような人にも起こり得て、自己の身体であるという意識なんていとも簡単に崩れ去る可能性があるということです。
想像してみてください。
目に見えている、自分の右手は確かにそこに存在している。にもかかわらず、なぜか自分の身体の一部の感じがしない。
しかし、その私の身体の一部でない右手をリハビリの先生からは、「しっかり管理して」「右手をもう少し使ってください」と言われる。
難しいですよね・・・
過去にこのようなことを言っていた患者様がいましたので紹介します。
- 私の身体の一部じゃないこれ(右手)をどうやって動かせばいいんだよ!
- 管理って言われても、(麻痺側の)腕の存在を感じないから簡単に忘れてしまうよ!
このように、私達にとっては本当に極当たり前な感覚である身体所有感。それが崩れ去っているのが患者様です。
目に見えるものすべてが病態ではないことを少しでも多くの人に知ってもらいたいです。
身体所有感が生まれるためのメカニズム
では実際に身体所有感とは一体どのような神経機序(メカニズム)で構築されるのでしょうか。
これは、視覚と体性感覚といった異種感覚が頭頂葉で統合される際に生じると一般的には言われています。
ただしこれには条件があり、身体所有感を構築するためには先ほど述べたような異種感覚が時間的・空間的に一致した条件でないと惹起しないのです。
時間的・空間的な一致ってどういうこと?
そうですよね。
ここがピンとこないかと思いますので、次はこれについて解説していきます。
ラバーハンド錯覚と身体所有感
まず初めに、以下にある動画はラバーハンドと呼ばれる疑似手を利用した身体所有感に対する実験です。
概要を説明しますと、左手はパレットで隠してある状態にして、対象者は左手に模したラバーハンドを見続けている状態にします。そしてその隠した左手とラバーハンドに時間的同時性と空間的同時性を図る様に同じ部位に同時間隔で筆でこすっていきます。
概要は以上です。ではご覧ください。
いかがでしたでしょうか?
この対象者はラバーハンドをナイフで刺されそうになる瞬間に思わず、隠してあった左手を引っ込めたのです。これを見せると、「条件反射じゃないの?」と思う方もいるかもしれませんが、仮にそうであるなら右手も引っ込めてもおかしくないはずです。
しかし、この対象者は隠れてある左手を引っ込めました。これは、一体どういうことなのでしょうか?
まず対象者の視覚は常に左手に模したラバーハンドにあります。そこに筆でこすられているのですが、この際隠れている実際の左手にもラバーハンドと同じ部位同じタイミングでこすられているのが分かりますか?
体性感覚は実際の左手から感じているのですが、視覚情報は目の前のラバーハンドにあります。つまり、この場合視覚と体性感覚が時間的・空間的に一致していたためラバーハンドに対してこの対象者は身体所有感が惹起したのです。
その結果、自分の手を刺されそうになったために思わず腕を引っ込めたのではないかと考えられます。
以上が、身体所有感が実際に生じるまでのメカニズムになります。
身体所有感まとめ
ここまで、身体所有感について解説してきましたが、では一体これを臨床でどのように応用するのか。ここが私達セラピストが考え研究しなければならないところです。
科学も利用しなければ科学で終わってしまいます。私達が論文を読んだりするのは、知識をただ深めるためではありません。
その科学をどうやって臨床に応用するのか。
ここが最も大事な部分であり、自己研鑽を行うべきところではないでしょうか?
手あたり次第セミナーに行って方法論だけ学んでも、それが万人には通用しないことはもはや日本の理学療法の歴史を見れば分かることです。
現在、様々な現象が科学的に実証されてきています。これらを大いに利用しながら、少しでも難渋する患者様を救っていけるように頑張りましょう。
それでは最後に私の大好きな著書より皆様に伝えたい言葉を引用して終わりたいと思います。
私が分からなければほかに分かる人はいない。
そう自分を励ましながらまた訓練へと戻っていく。
臨床は止まらない.唐沢彰太より引用
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