『脳の可塑性』、このワード自体は脳卒中のリハビリテーションに従事されているセラピストの方であれば一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?
近年はメディア等でもこの『脳の可塑性』にトピックが当たることも多く、脳卒中をはじめとする神経疾患のリハビリテーションは益々盛り上がって行くのではないかと思います。
そこで、この記事では…
- そもそも『脳の可塑性』とはなんなのか?
- 5つの『脳の可塑性』についてわかっている知見
これらについて、海外の研究を参考にしながら解説していきます。
脳卒中のリハビリテーションに携わるセラピストの皆様の明日の臨床の一助になれば幸いです。
【文献まとめ】脳の可塑性に関して分かったことを5つにまとめてみた
脳の可塑性とは
脳の可塑性とは、脳卒中などによって一度脳実質に損傷が及んだ場合、その障害を受けた領域以外の脳部位が損傷部位が担っていた脳機能を代替することです。
『可塑性』とは、一度ある機能を獲得した神経細胞が他の機能を獲得する能力を意味する。 可塑性が高いことは、 細胞が機能的に柔軟で、 損傷後の機能回復もよいことを意味する。
脳における情報処理と可塑性の神経生理学的背景について.川平ら
脳卒中後に麻痺した手足の動きが改善したり、再び歩けるようになったりといったことが出来きるのは、この脳の可塑性の役割によるところが大きいと考えられています。
なお、脳の可塑性に関して感じがいされやすいこととしてよく挙げられるのが、『損傷部位そのものが回復していくこと』です。
脳の可塑性とは、あくまでも損傷した脳領域の機能をその他の脳領域が代替することであり、損傷部位そのものが傷口が塞がっていくように元の状態に戻るわけではありません。
ここは間違って理解しやすいところなので、しっかり抑えておきましょう。
というわけで、足並みが揃ったところで本題に入ります。
今回は、この脳の可塑性に関して様々な研究で明らかになっていることを特に一次運動野に絞り、5つにまとめて解説します。
※参考文献も添付しておきますので、ご興味ある方は一次情報を追いかけて頂けたらと思います。
脳の可塑性に関する5つの知見
① リハビリ(運動)によって、脳地図は変化する
これは最も有名なところであり、「脳の可塑性といえばこれ」と言ってもいいくらい一般的に浸透している部分かもしれません。
そして、この運動によって脳が変化することを明らかにした代表的な研究といえばnudoさんが行なったラットを用いた研究だと思われます。
研究内容は、ラットの脳に意図的に梗塞を生じさせその後梗塞部位に対応した手のリハビリ(運動)を行わせたことで、そうでなかったラットに比べて大幅に(手の)脳領域が拡大しました。
この研究によって、脳は良くも悪くも変化するということが明らかになりました。
② 簡単な運動を闇雲に行なっても脳の可塑性は生じない
これは、2005年にサルを対象として行われた研究です。
口の広い瓶と狭い瓶の中にそれぞれ餌を入れ、2群に分けられたサルがそれをとって食べるというものです。
この口が広い瓶と狭い瓶では単純に『簡単or難しい』という難易度の違いが両者には存在しています。
口が広い瓶→簡単に餌が取れる
口が狭い瓶→餌を取るのが簡単ではない
そして、その2群に分けられたサルが運動を実行したのち一次運動野を観察した結果、口が広い瓶から餌をとっていたサルは約13,000回もの手の屈曲運動を行ったのにも関わらず一次運動野に変化はみられませんでした。
一方で、口が狭い瓶から餌をとっていたサルは一次運動野に可塑的変化が生じ手に関する脳領域の拡大が生じていました。
つまり、リハビリによって脳の可塑的変化を生み出すためには簡単な運動をたくさん繰り返すのではなく、少し難易度の高いような運動を行っていく必要がある。
リハビリテーションに従事するセラピストであればこの課題設定が機能回復に大きく影響するので、しっかり考えてリハビリをデザインする必要がありそうですね。
③ とは言っても、十分な回数も必要
これは1998年に行われたラットによる研究で明らかになりました。
前脚を使ったリーチ運動を行ったラットは訓練開始から3日〜7日までパフォーマンスそのものは向上したにも関わらず、一次運動野の脳内マッピング自体は大きな変化が見られませんでした。
しかし、その後訓練開始から10日以降になると、パフォーマンスはさらに向上しそれに伴いそのタイミングでようやく前脚に対応する脳領域が拡大しました。
というわけで、②の結果とこの研究結果からわかること。
それは、脳の可塑性が生じるためには適切な難易度の設定を行い、そしてその訓練を何度も繰り返し行う必要があるということです。
いくら適切な難易度調節であったとしても、その回数が少なすぎては本研究のように脳の可塑的変化は生じないのかもしれません。
④ 脳の可塑性は単に『動かせる』のではなく、『運動の成熟度』を反映している
脳卒中後などに、今まで動かせなかった部分が動かせるようになったから「脳の可塑性が生じたのだ」と解釈しがちですが、これは誤りかもしれません。
なぜならば、脳の可塑性とは”運動の成熟度”を表しており、より滑らかにスムーズに動かせるようになった段階でようやく「脳の可塑性が生じた」と解釈することができます。
よって、「脳の可塑性=運動ができるようになった」という誤った理解をしないように気をつけましょう。
⑤ 脳地図が破壊されても運動ができなくなるわけではない
脳卒中などによって、脳の一部に損傷が生じると全く運動が出来なくなると思われがちですが、実際はそうでもありません。
それによって、生じるのは運動の滑らかさやスムーズさといった能力が低下してしまうのです。
これは、あくまで仮説ですが脳損傷後に明らかに一次運動野が傷害されているにも関わらず、わずかに運動機能が保たれているケースに遭遇することがありますが、これはこの脳地図の特徴を表しているのかもしれません。
さて、以上が脳の可塑性に関して分かっている5つのことでした。
今後、また脳の可塑性に関して新たに明らかになった事実が出てくれば都度追記して行きますので、その際はまたご覧になって頂けたらと思います。
参考文献一覧
・Neural substrates for the effects of rehabilitative training on motor recovery after ischemic infarct.nudo,1996
・In search of the motor engram: motor map plasticity as a mechanism for encoding motor experience.Monfils MH,2005
・Multimodal output mapping of human central motor representation on different spatial scales.Classen J,1998
・Critical timing of sensorimotor cortex lesions for the recovery of motor skills in the developing cat.Armand J,1993
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