筋膜は、筋肉やその他の構造物を覆い人体全体をつなげる重要な組織です。
最近の研究では、筋膜の痛覚受容器が痛みや機能障害に関与している可能性が示唆されています。
この記事では、筋膜の痛覚受容器に関する研究結果を参考に日々のリハビリテーション現場における臨床的意義について考察します。
【筋膜神経学】先行研究で明らかになった筋膜の解剖学と神経支配まとめ
今回参考にした論文はこちらです。
①顔面に関連する筋膜の研究結果
顔面に関する筋膜の研究結果の内容をまとめると以下です。
- 頭部では咬筋の筋膜に関する研究が1件のみ。(2000〜2021年)
- 筋と筋膜の神経支配密度を比較した結果、筋膜が筋実質よりも神経支配が多い。
- 筋実質(227.6本/面積㎟)<筋膜(404.5本/面積㎟)
- 支配している神経のほとんどが侵害受容器であった。
- 神経線維の発現パターン: SP単独57.6%、SP/NR2B29.1%、SP/NGF9.2%、SP/NR2B/NGF8%
神経線維の発現パターンって?
神経線維には、さまざまな種類の抗体が含まれています。
『発現パターン』というのは、それらの抗体が神経線維の中でどのような割合で存在しているかを示しています。
咬筋筋膜における神経線維の発現パターンは以下です。(上記の解説)
- SPだけが含まれている神経繊維は全体の57.6%。
- SPとNR2Bが両方含まれている神経繊維は全体の29.1%。
- SPとNGFが両方含まれている神経繊維は全体の9.2%。
- SP、NR2B、NGFの3つがすべて含まれている神経繊維は全体の8%。
神経線維に含まれる抗体の解説
SP(サブスタンスP)とNR2B(N-methyl-D-aspartate receptor subtype 2B)、NGF(神経成長因子)は神経系に関係するタンパク質で、それぞれ異なる機能を持っています。
SP(サブスタンスP)
サブスタンスPは、神経伝達物質の一種で痛みや炎症の伝達に関与しています。
痛みや炎症が生じるとSPは放出され、痛みを感じる神経細胞に信号を送ります。
NR2B(N-methyl-D-aspartate receptor subtype 2B)
NR2Bは、神経細胞の表面にある受容体の一部で学習や記憶の形成に関与しています。
NR2Bは、神経伝達物質であるグルタミン酸が結合することで神経細胞間の情報伝達が促進されます。
NGF(神経成長因子)
NGFの主な働きは、神経細胞の成長や修復を助けることです。
もうすんごい簡単にいうと、神経成長因子は神経細胞に「元気になれ!」と伝える役割を果たしています。よって、神経細胞が傷ついたり、弱っているときには神経成長因子が大切な働きをします。
先ほどの結果を見ると、咬筋筋膜を支配する神経線維のほとんどはSPが含まれていることがわかります。
SPは痛みを感じると発生する抗体物質なので、これが沢山含まれているということは咬筋の筋膜は「痛みに対する感受性が高い」と言えるわけです。
逆に神経成長因子であるNGFは全体の約20%ほどしか含まれていません。
NGFが少ないというのは、何が言えるかというと神経線維やその付近に炎症などが生じている際にそれを修復する能力が乏しいことを示しています。
つまり、咬筋筋膜は痛みを容易に惹起しやすい筋膜の一つであるということが、この結果から言えそうだということですね。
②体幹に関連する筋膜の研究結果
体幹に関する筋膜の研究結果の内容をまとめると以下です。
- 体幹に関連する筋膜: 僧帽筋、大胸筋、臀部筋膜、胸腰筋膜(TLF)が主な研究対象。
- 中でもTLFは最も研究された筋膜である。
- TLFの様々な層に『自由神経終末』が存在していることが分かった。
- ラットとヒトのTLFの神経支配の密度と特徴が似ている。
- TLFは広背筋の3倍の密度の神経線維であることが分かった。
- 神経線維の大部分は筋と筋膜の界面に見られる。
- TLFと臀部筋膜には内部に神経叢が存在している。
- TLFは臀部筋膜よりも遊離神経終末の密度が高く、遊離神経終末は侵害受容器の特徴を持っていることが分かった。
- 神経の長さと厚さはTLFと大腿筋膜で異なる。
- ゴルジ腱器官、筋紡錘が筋膜接合部や筋膜周囲に観察される。
- TLFにはパチニ小体、ルフィニ小体、またはゴルジマッツィーニ小体(Golgi-Mazzini corpuscles)、は見られない。
- 炎症を起こしたTLFでは侵害受容器の密度と長さが増加している。
- 腰部とTLFの結合組織に自律神経線維が確認される。
- 僧帽筋の筋膜には豊富な神経支配がある。
- 大胸筋筋膜には遊離神経終末、Pacini、Ruffiniが存在し一部は血管周囲にある。
いくつか大事なところはあるんですが、特筆すべきはやはり腰痛関連の中で筋-筋膜性疼痛の発生要因として最も確率が高いのは胸腰筋膜(TFL)であるというところでしょうか。
TFLはパチニ小体、ルフィニ小体といった触・圧感覚受容器というのがほぼほぼ存在しておらず、そこにある大半は『自由神経終末』という、いわゆる侵害受容器です。
要は、痛みを感知するやつですね。
このTFLは広背筋の筋膜に比べると約3倍近い神経線維が含まれていることから、痛みをより感知しやすい組織となっていることが考えられます。
遊離神経終末って何?
遊離神経終末とは、神経細胞の末端部分で直接特定の器官や組織(筋肉など)に結びついていない神経の先端のことをいいます。
簡単に言うと、神経の先っぽが他の細胞と直接つながっていない状態のことを指します。
ただ、特定の器官や組織に密接に結びついていないものの、皮膚や粘膜などの表面に広がっています。
この神経終末は、外部からの刺激を感じる役割を果たしその刺激を神経信号として伝達するんですが、すごいのは特定の器官や組織に直接結びついていなくても、神経信号を伝達することができるという点ですね。
Golgi-Mazzini corpusclesとゴルジ腱器官は別物?
Golgi-Mazzini corpusclesってなんなん?『ゴルジ腱器官』のこと?
いいえ、違います。
Golgi-Mazzini corpusclesは、組織の深部に位置する触覚受容器で「持続的な力や圧力に対して感受性が高い」という特徴があります。
これらの受容器は、筋肉や関節の状態や動きを感知する役割があります。
一方、ゴルジ腱器官(Golgi tendon organs)は、筋肉と腱との接続部に位置する固有感覚受容器で、筋肉の張力を検出する役割があります。
ゴルジ腱器官は、筋肉が力を発揮する際にその張力が過大にならないように調節する機能を持っています。
②上肢に関連する筋膜の研究結果
上肢に関する筋膜の研究結果の内容をまとめると以下です。
- 上肢に関する研究は4つ(2000〜2021年)あり、上肢に関してSteccoらは様々なタイプの受容器があることを発見している。
- 掌側腱膜と手指屈筋に自由神経終末が豊富であることが分かった。
- Golgi-Mazzini corpusclesとパチニ小体は掌側腱膜で密度が高い。
- デュピュイトラン拘縮患者の掌側腱膜は神経終末が密になっていた。
上肢で特筆すべき点は、伸筋群よりも屈筋群における筋膜の方が痛みに関連する受容器が多いという点ですね。
よって、上肢における筋-筋膜性疼痛に関しては屈筋側の方が関与が高いと考えられます。
③下肢に関連する筋膜の研究結果
- 下肢筋筋膜の神経支配に関する研究が10件存在している。(2000〜2021年)
- 大腿四頭筋に比べ大腿筋膜の方が神経支配が密であることが分かった。
- 浅筋膜は2番目に神経密度の高い組織(33±2.5/㎠)であり、1番は皮膚(64±5.2/㎠)である。ちなみに深筋膜は3番目(19±5.0/cm²)
- ラットの頭蓋筋膜の遠位部分に密な神経支配が存在していた。
- 膝窩筋-筋膜内のコラーゲン繊維に関連する筋膜神経が発見された。
- 足底筋膜には遊離神経終末とパチニ小体およびルフィニ小体が存在していることが分かった。
- 大腿骨の骨膜に機械感受性の侵害受容器が存在することが確認された。
- 脛骨骨膜に固有感覚機能を持つ感覚神経が観察された。
- 大腿骨と脛骨骨膜で様々な神経終末が見つかった。
いくつかポイントを解説します。
まずは、股関節周囲に存在する筋膜の神経支配の密度って筋肉に巻き付いているものよりも、『皮膚』の方が高いんです。
つまり、上肢や体幹とは異なり下肢(特に股関節周囲においては)皮膚に由来する痛みが生じやすい状態と言えそうです。
臨床的に考えても、上肢では表皮に投射している皮神経由来の痛みはほぼ聞かないですが、下肢(特に股関節周り)では皮神経由来の痛みの発生ってよく耳にしますよね。
もう一つ、骨膜における感覚神経線維の配置のされ方について一つ特筆すべき点があり、それがこちらです。
大腿骨と脛骨の骨膜に観察される感覚神経線維は、骨の軸に対して長軸方向と平行に配置されており、骨膜の特定の軸に沿った力学的歪みやストレスを感知できるようになっている
Fascial Innervation: A Systematic Review of the Literature.Suarez-Rodriguez V,2022より引用
なんかね、こう難しく書かれると理解しにくいですよね。
これ、めっちゃ分かりやすく解説すると要は、「大腿骨や脛骨の上から下までぎっしり感覚神経が縦に配置されてるよ」ということねんですね。
そのため、骨折した時なんかは、この長軸に対してほぼ直角に衝撃が加わるので一番にこの骨膜の感覚神経がそれを感じとるわけです。
筋膜の解剖と神経支配まとめ
以上が、顔面・体幹・上肢・下肢における筋膜の解剖や神経支配に関する知見のまとめでした。
今回の結果から、筋実質よりも筋膜に痛覚受容器が豊富にあることや、特定の筋膜にそれが集中していることがわかり日々の臨床推論のヒントにつながるのではないかと思います。
今後も筋膜についての知見はどんどん解説していきたいと思いますので、ぜひ次回の記事も楽しみにお待ちください。
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参考文献
1)Fascial Innervation: A Systematic Review of the Literature.Suarez-Rodriguez V,2022
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