理学療法士として働いている中で最も考え、必ずテーマとしてあがってくる問題。それが”歩行”ではないでしょうか。
歩行についての勉強は養成校でも行ってきたものの、実際の臨床ではそこで学んできた知識をなかなか結びつけることができない…
このようなお悩みを抱えている方っていないでしょうか?
そこで、この記事では…
- 歩行を行うために必要な2つの神経メカニズムを理解できる
- 腹内側系について説明できる
- 背外側系について説明できる
ここがゴールとなるよう、解説していきたいと思います。
歩行の神経メカニズムを詳しく解説~背外側系と腹内側系~
歩行の神経メカニズムにおける2つの側面
まず、はじめに歩行運動を説明する前に、そもそも『運動』とは一体どのような神経制御機構が働いて成され、どのようなメカニズムになっているのか。そういった部分からお話しを進めていこうと思います。
実は、私たちは運動を実行する際その運動制御は大きく2つに分かれており、大脳皮質から脊髄に下行するにあたって2つの経路が存在しています。
それが腹内側系と背外側系と言われるものです。
腹内側系(内側運動制御系)と歩行の神経メカニズム
腹内側系は内側運動制御系なんて言われたりもしますが、どのような機能なのかと言いますと、特に姿勢制御に関わっています。
後ほど話しますが、一般的に外側皮質脊髄路と言えば大脳皮質の一次運動野(4野)から生じ、四肢の随意運動に関与していますが、その第4野から脊髄に運動命令を送るためには、事前に運動をプログラムしなければなりません。
このように、実際に運動実行が行われる前にプログラムを立てる機能を担っているのが、前頭葉の中でも前方にある補足運動野(6野)と呼ばれる脳領域になります。
補足運動野が担っている運動のプログラム生成は四肢を動かす「随意運動」だけをプログラムするのではなく「姿勢制御」も込みでプログラムを立てているという事実があること。
随意運動と姿勢制御
例えば、「上肢を前方に90°屈曲」これをやってみてください。
出来たでしょうか?さて、ではそれを踏まえて一つ質問です。
上肢を前方に屈曲すると、そのまま前方に転倒してしまった人はいますか?
おそらくいないと思います。なぜなら、私達健常人には姿勢制御が必ず働いているからです。上記の例は姿勢制御が機能しているほんの一部の例で、例えば姿勢制御が機能していない、つまりは私達がフィギュアだと考えてみてください。
上図のように上肢を下垂していれば身体の質量中心は支持基底面の中に納まっているので倒れませんがその上肢が前方に偏移すると、上肢の質量分だけ身体の質量中心も前方に偏移することになります。すると支持基底面の中に重心をとどまらせておくことが出来ないので、本来なら前方に転倒してしまうのです。
しかし私達は、上肢を前方に挙上しても前に倒れないですよね?
それはなぜかといいますと、私達は上肢を挙上すると同時に、もっと言えばその少し前にあらかじめ脊柱起立筋などの抗重力筋と言われる筋を賦活させ、後方から身体にストッパーをかけているからです。
脳(補足運動野)はこのようにあらかじめ行う運動(上肢挙上)に対して前もって姿勢調節(抗重力筋)を行うように筋に命令を送っていということになります。
これを予測的姿勢制御(anticipatory postural adjustment:APA)と言ったりします。そして、このAPAの役割を担う伝導路というのが、皆さん聞いたことがあると思いますが網様体脊髄路や前庭脊髄路、また前皮質脊髄路もこちらに入ってきます。
では、これらが支配する身体の領域と言えば?
先ほどの例から少し想像してみてください。APAは随意運動に前もって姿勢を調節することでしたよね?
ということは、体幹や四肢の近位筋といった部分になります。この、姿勢制御に関わる運動制御系を腹内側系と言います。
ちなみにこの腹内側系ですが、実は持っている機能は姿勢ばかりではないんです。少し上記の話とは矛盾しますが、腹内側系は以前お話ししたことのある「シナジーパターン」を司っているとも言われており、塊だった一定のリズム運動などは四肢の運動ではあるのですが、こちらの腹内側系が機能していると言われています。
背外側系(外側運動制御系)と歩行の神経メカニズム
背外側系は反対に、姿勢制御ではなく上記の例でいうならば上肢の部分に当たります。要は四肢の独立した運動を司っています。
特に大事になってくるのが手指で、あのような手指の高度に独立したような運動というはこの背外側系がとても重要な役割を担っています。
この背外側系を担う伝導路、これに対応するものとしては皆さんご存知の「外側皮質脊髄路」になります。
意識・無意識と腹内側系・背外側系
ではここで、腹内側系と背外側系においての大事な部分である意識の問題に入っていきたいと思います。結論からいうと、腹内側系の方は本来無意識下で行っている制御になります。
現に、先ほどの例のように上肢を挙上する際「おっ!体幹後面筋収縮してるなー!姿勢制御できてんじゃーん!」なんて思いながら挙げてた人なんていないと思います。
その時の意図はどこにあったかというと「上肢を挙上すること」にあったと思うんです。で、意図が上肢挙上にあるということは・・・?
そうです。背外側系は意識下で行っている動作になるのです。
基本的に四肢の動き、すなわち背外側系は意識下、姿勢制御に関する腹内側系は無意識下という風に言われている。
脳卒中における歩行の回復と伝導路の関係
余談ですが、例えば皮質脊髄路を障害される「脳卒中」になると下肢は案外回復しやすいのに、上肢、特に手指は中々回復が難しいと言われています。その理由の一つとしても、「ここまで話してきた部分が多少関与しているのかな?」と個人的には思っています。
例えば上肢は運動の自由度が大変大きく、意図した運動のバリエーションも多いのですが、それに比べて下肢の運動の運動というのは上肢に比べると数多くのバリエーションはもともとありません。
ということは、上肢の方がより背外側系の割合が非常に高く、逆に歩行といったシナジーパターンとなっているような下肢の動きは、もちろん背外側系の働きも含むとは思いますが、(歩行だけではないため。サッカーでいうドリブルなどはあらゆる動きが想定される)腹内側系の割合もそもそも多く含んでいるのではないかと思っています。
ということは、脳卒中で背外側系を障害された場合、腹内側系で代償が効く下肢の動きは割と回復するが、上肢は腹内側系では代償が効かないために、回復しづらいのではないかという風に僕は考えています。
※下肢の回復と言ってもここでは自由度の大きなものではなく、1パターンでただ歩いているという側面だけを見た場合。
そしてこれを裏付ける考えとして「アンマスキング」と言われるものがあります。
アンマスキングとは
アンマスキングとは正常であれば活動していない(マスキング:マスクをしている状態)神経やシナプスが、脳の損傷を受けることで代償経路を形成するのです。(アンマスキング:マスクがはずれる)
その具体例として同側の皮質脊髄路、いわゆる前皮質脊髄路が考えられています。また、別の論文で多く見かけるのが網様体脊髄路の機能代償です。
これらはふたつとも腹内側系に属する神経経路になるため、やはり脳卒中後の神経の可塑性は腹内側系による機能代償が大きいのではないかと思うのです。
その結果、片麻痺患者様というのは外側皮質脊髄路が利用できないためにバリエーションに富んだ随意性を持った動きが出来にくいのではないかと考えています。
さて、今日は歩行の話はあまり出てきませんでしたが、今後のお話しをしていくための導入としてはとても大事な部分になるため、基本的なところですがぜひ覚えていただけたらと思います。
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