みなさんは『痛みのメカニズムを説明しなさい』と聞かれたら、自分の言葉で説明できますか?
「伝導路くらいなら答えらえるけど…」という方が多いのではないでしょうか?
実は、この痛みのメカニズムというのは、思った以上に複雑な構造になっており最低でもこの後話す3つの側面を理解できなければなりません。
そこで、今回から痛みのメカニズムについてを2回に分けて解説していきます。
『痛みの軽減』は多くの患者のニーズであるが故に、リハビリテーションに関わるならば必ず知っておくべき知識の一つになると思いますのでどうぞ、最後までご覧ください。
- 急性疼痛と慢性疼痛の違いが理解できる
- 痛みの3つの側面が理解できる
痛みのメカニズム①~痛みの3つの側面~
痛みのメカニズム〜 『急性疼痛』と『慢性疼痛』〜
さて、痛みのメカニズムを紐解いていくにあたり、最初に抑えておきたいのが痛みの種類についてです。
痛みの種類は大きく2つあり、それが『急性疼痛』と『慢性疼痛』です。
急性疼痛とは
急性疼痛とは、組織損傷が起きた直後に炎症などが生じ、痛覚受容器が興奮することによって生じる痛みです。
そのため痛みの原因そのものは損傷などが生じている末梢組織にある場合が多いです。
また急性疼痛は痛覚受容器が興奮することで、生体においての『警告信号』としての意味を持ちます。
そのため、もし『痛みを感じない身体』になってしまったら、それは身体の中の異常や警告に気づかず二次的な障害にかかってしまう可能性があります。
例えば、糖尿病によって感覚障害が生じ『痛みを感じにくい』身体になっていると、軽い擦り傷などが起こった場合その痛みに気づかず、傷口から徐々に菌が入って腐敗してしまうことがあります。
そのような状態になると、その部位を最悪切断しなければならないこともあります。
このように急性痛というのは私達の身体にとって不可欠で欠かせないものになるため、いわば急性疼痛は必要な痛みとも言えます。
また、急性疼痛の治療としては主にロキソニンやリリカを代表とすような鎮痛薬などが用いられることが多いです。
慢性疼痛とは
急性疼痛に比べ、慢性疼痛は沢山の人が何かしら抱えていることが多く、年齢を重ねていくにつれて患っている人が多いです。
急性疼痛は、炎症が治まったり組織が回復してきたりすることで鎮静化することが多いですが、慢性疼痛は非常に難渋しやすいというのが一つの特徴であり、長引きやすい痛みです。
さらに、急性疼痛は生体にとって警告信号としての意味を持っていたため、『必要な痛み』でしたが、慢性疼痛は逆に警告信号としての意味はなく、本来生体にとって『不必要な痛み』なのです。
また、『慢性疼痛』のもう一つの特徴として時折、鎮痛薬が効かないということが起こります。
外来のリハビリなどに携わっている方はご経験があるかと思いますが、薬を飲んでも全く痛みが引かない方っていらっしゃらないでしょうか?
なぜ、薬を飲んでも痛みが引かないの?
一つの可能性として、『急性痛』と『慢性痛』とでは痛みの発生メカニズムが異なるといった点が挙げられます。
急性痛が組織の損傷などによって生じるのに対し、慢性痛は主に中枢神経系の可塑的変化が原因であることが多いということが分かってきています。
実は、慢性痛への著効薬として「抗うつ薬」というのが時に有効である場合があります。
本来、『抗うつ薬』というのは、名前の通り主に『うつ病』の患者様に対して用いる薬です。
なぜ、慢性疼痛患者に『抗うつ薬』が著効する場合があるのか?
結論からいうと、『慢性疼痛』と『うつ病』においては機能不全に陥る脳部位が似ているからです。
うつ病になると、脳の大脳辺縁系や前頭前野といった部位に機能不全を生じますが、慢性痛においてもこの大脳辺縁系や前頭前野といった部分に変化が生じることが現在指摘されています。
(先ほど、中枢神経系の可塑的変化と述べましたが、それはこの事です。)
こういった理由から、慢性痛は時として鎮痛薬ではなく、抗うつ薬が著効する場合があるのです。
前頭前野の機能が低下すると、なぜ痛みが生じるのかという理由に関しては『下降性疼痛抑制系』といった機能が関わっていますが、これについては別の記事で書いていこうと思います。
痛みのメカニズム〜痛みにはは3つの側面がある〜
次に疼痛の3つの側面という切り口から『痛みの性質』についてお話していこうと思います。
3つの側面とは以下の3つです。
- 感覚的側面
- 情動的側面
- 認知的側面
1.感覚的側面
まず感覚的側面をお話しする前に、国際疼痛学会(IASP)による『痛みの定義』を見てみましょう。
組織損傷が実際に起こった時、あるいは起こりそうな時に付随する不快な感覚および情動体験、あるいはそれに似た不快な感覚および情動体験。
IASP国際疼痛学会 2020年
とされています。この文章をみても分かる様に、『痛み』とは単なる『痛い』という知覚的な部分とは別に情動体験という側面が存在します。
痛みの感覚的側面とはこれでいう『知覚』の部分にあたり、そこに情動は関与してきません。
感覚的側面は主に、『急性疼痛』の時に強く関与してくる部分です。
例えば、足の裏に画鋲が刺さってしまったのを想像してみてください。
痛っ!!!!
ってなりますよね。これです(笑)
この時の『痛み』というのは、身体に対する警告信号としての痛みですから、このような痛みが及ぶとヒトは『逃避反射』などの防衛本能が働きます。
このような警告信号の意味を持つ痛みの時には、痛みに対して情動が生じる前に、まずどこに痛みが起きたのかを瞬間的に知らなければなりません。
そのため、先ほどの足の裏に画びょうが刺さった例でいうなら、足底部に『侵害刺激』が入った瞬間に、痛みの伝導路である『外側脊髄視床路』がいち早く痛みが生じた部位に対応する『一次体性感覚野』に信号を送ります。
この機能により、痛みがどこで生じたのかをまずは『知覚』することが出来るのです。
ここまでが痛みの『感覚的側面』になります。
2.情動的側面
次に痛みの情動的側面を見ていきます。これは、痛みに対しての不快感や嫌な感じなどの情動が生じることです。
だれでも痛みがずっと続くと凄く嫌な気持ちになったり、不快感が強くなったりしませんか?
このように、痛みに対して情動喚起が生じる部分が痛みの第二領域になります。
なぜ、痛みが起きると不快感が強くなったりするんでしょうか?
その答えは、痛みの伝導路に関係があります。
先ほど、痛みの『感覚的側面』としての伝導路には『外側脊髄視床路』の存在を挙げました。
しかし、実は痛みの伝導路はもう一つ存在するのです。
それが『内側脊髄視床路』と言われる伝導路です。
外側脊髄視床路と内側脊髄視床路の違い
外側脊髄視床路と内側脊髄視床路の大きな違いは大脳に投射する部位です。
簡単に分けるとこんな感じ。
- 外側脊髄視床路の投射部位→『一次体性感覚野』
- 内側脊髄視床路の投射部位→『大脳辺縁系』や『島皮質』など
外側脊髄視床路が、純粋に『痛みの知覚』に関与するのに対して、内側脊髄視床路というのは『痛みの情動』に関与するのです。
最終的には二つの伝導路は重なり合って、痛みの知覚と情動が合わさり『痛みに対する不快感』といったもの形成されていきます。
また、痛みが生じると脳内の「島皮質」や「前部帯状回」なども活性化します。
この辺りの領域は「視床下部」と強い繋がりがあります。
ちなみに、視床下部と言えば・・・?
自律神経系の中枢です。
不快感などが持続することにより視床下部までもが興奮すると、交感神経が優位になります。
交感神経が優位になると、痛みに対しての苛立ちがさらに大きくなったり、人に八つ当たりしたりといったような事が見られます。
さらに、交感神経が優位になると末梢血管も収縮しはじめます。
血管が収縮するということは???
筋血流量が低下するため、筋肉が弛緩しづらくなっちゃうのです。
そして、筋弛緩が行えなくなり生じ得る現象の一つが筋-筋膜性疼痛に代表される筋骨格系の痛みですね。
これにより、更に痛みの悪化を辿ってしまう事になります。
このような負のサイクルを『痛みの悪循環』と言います。
外傷などによって生じる急性疼痛
後から残る遷延痛によって不快感や不安、運動恐怖感などを伴う
痛みに対する負の情動やストレスは交感神経活動を高める
交感神経活動の高まりは、末梢血管を収縮させさらなる痛みを引き起こす
怒りっぽいお母様方の腰痛・肩こりってよく見かけますが、交感神経が常に優位になっていないでしょうか?
さて、それでは次が最後です。
3.認知的側面
ヒトによっては痛みが生じると、痛みを起こさせないように罹患部位を出来るだけ動かさないようにしたり、使わないようにすることがあります。
またその他にも、例えば運動器疾患のオペ後などでは必ず患部の固定が行われます。
このようにある身体の一部を固定したり、痛みにより回避行動をとり続けるとどうなるか…
不活動が生じている身体部位は体性感覚入力や運動出力が減少し、その身体部位に対応する脳内の体部位再現(ホムンクルス)が縮小してしまうのです。
※事実、慢性腰痛患者では一次体性感覚野の体部位再現が狭小化することが分かっています。
※さらに、慢性疼痛疾患における脳内体部位再現の狭小化と痛みの強さには正の相関が認められているのも事実です。
体性感覚野の脳内体部位再現が狭小化していくとどうなるでしょうか。
頭頂葉にある体性感覚野には、毎秒絶え間なく感覚情報が入力され、それらの情報を統合し『身体イメージ』といったものが構築されています。
しかし、罹患側の不活動といった状態により脳内体部位再現が狭小化していくと、運動の意図と感覚フィードバックに解離が生まれはじめ、これが継続すると『身体イメージ』の破綻が生じてきます。
その結果、だんだんと罹患側が“自分のものであると感じなくなったり”、“罹患側を動かす際に自分の目で罹患側を見ながらでないと動かせない”といったような症状を呈する場合があります。
これを『neglect like syndrome』と言います。
ヒトには本来、上位中枢からトップダウンに『痛み情報』を大脳まで上らせないような機能が存在しています。
これを“下降性疼痛抑制系”といいますが、この機能に大きく関わっているのが大脳皮質(主に前頭葉)になります。
しかし、『痛み』による不使用・不活動によって体部位再現が狭小化し、大脳皮質機能が低下していくことで、この下降性疼痛抑制系が機能しなくなるのです。
つまり、痛みを感受しやすくなってしまうわけです。
これにより痛みが慢性化しやすいというのが『痛みの認知的側面』になります。
実は、慢性痛でもっぱら大きな要素としては、情動的側面と認知的側面ではないかと考えられています。
その理由は慢性痛の場合、体部位再現がハッキリしてない事が多いからです。
どういうことかと言いいますと…
患者様の中に、指でピンポイントで痛い部位を指すのではなく、手のひらで「この辺り(腰)が痛い。」と、痛みの範囲が限定されていない場合がありますが、これは脳内の体部位再現が狭小化した結果、痛みのポイントが限局化出来ないのではないかと考えられています。
痛みに関する評価を行っていく上で、この辺りをいかに上手く利用しながら臨床展開していくというのが今後の疼痛治療においては、必要なのかな?と僕は感じています。
痛みのメカニズムまとめ
以上が痛みの種類(急性痛・慢性痛)と痛みの性質(3つの側面)になります。
ここまで見てきたように、痛みには2つの種類と3つの側面があり、この事実から分かる様に痛み自体が非常に多角的であるというのがポイントです。
つまり、臨床で痛みを見ていく際には、このような視点を踏まえながら評価ー治療を行っていく必要があると思います。
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