痛みのメカニズム②~学習性の不使用とneglect like syndrome~

前回、疼痛について『急性疼痛』と『慢性疼痛』という大きく2つの側面から違いを解説し、また痛みには『感覚的』・『情動的』・『認知的側面』という3つの側面があるということにも触れていきました。

今回は、その中でも特に難渋する『慢性疼痛』の神経メカニズムについて丁寧に解説していきます。

現在、医療機関等で慢性疼痛のリハビリテーションに関わっている方はぜひ最後までご覧ください。

この記事で分かること
  • 学習性の不使用による痛みの慢性化メカニズム
  • neglect like syndromeについて
目次

痛みのメカニズム②~学習性の不使用とneglect like syndrome~

痛みのメカニズムと慢性疼痛

さて、そもそも慢性痛というのが私たちの生活にどの程度の影響を及ぼしているのでしょうか。

在日米商工会議所調査(2011年)によれば、日本の慢性疼痛患者の約10%は就学・就労に困難をきたしている人が多く、疼痛患者の就労制限による社会的損失は約3,700億円になると言われています。

このように慢性疼痛は今や個人の問題では収まらず社会的問題としても大きな影響を及ぼしているのです。

また、運動器疾患患者の術後慢性疼痛への移行の割合は、15%程度と言われており私達セラピストの慢性疼痛の軽減や急性期から慢性疼痛移行の予防という観点からの理学療法や作業療法は、今後さらに大きな責任があるのではないかと思います。

急性疼痛が慢性疼痛へ移行するメカニズム

学習性の不使用(Learned-non-use)

ちょっと前回のおさらいです。

通常、運動器疾患の特にオペ後などは、まずは患部の治癒を最優先させなければなりません。

そのためその患部に対する治療選択として、「固定」などがされると思います。

固定された患部はどうなるかと言いますと…

➡不活動が生じることになります。

さらに、術後患者様などでは特に急性期の「痛み」による逃避行動などからさらに患部の不活動というのは進んでいくことになります。

前回も述べた通り、この不活動というのが実は良くなくて、このような状態になると患部は不使用が長期間にわたり続くことになります。

その結果どうなるか・・・

患部に対する感覚入力の低下と運動出力も低下することから脳内の体部位再現領域が縮小していくことになるのです。

⇒脳というのは常に可塑的変化を起こす器官です。

長らく固定したり、動かない状況を作ってしまうと脳の中にある身体局在部位が変化していくのです。

実際に慢性疼痛患者様の一次体性感覚野や運動野で作られているボディーマッピングは患部の領域のみを縮小していくことが分かっています。

この不活動によって、脳内マッピングが狭小化していく一連のプロセスを「学習性の不使用(Learned-non-use)」といいます。

neglect like syndrome

先ほど言った、脳内体部位再現領域(ボディーマッピング)が縮小し「学習性の不使用」が続くとどうなるか。

本来ヒトは、大脳皮質から「下降性疼痛抑制系」という、痛みを脳内からトップダウン的にシャットアウトする神経機能を持っています。

この中枢は本来前頭葉や頭頂葉といった大脳皮質が担っているのですが、学習性の不使用が続くことで大脳皮質機能が低下し、「下降性疼痛抑制系」が働かなくなるのです。

その結果、痛み情報を止められないために痛みが慢性化してしまうのです。

さらに、学習性の不使用により、脳内体部位再現が障害されると、二次的に患部の失認や運動無視といった症状が出現することがあります。

これを『neglect ike syndrome』(以下neglect)といいます。

森岡らは…

変形性膝関節術後患者においてneglectがある場合、疼痛が慢性化しやすい。

と述べているように、仮に運動器疾患であっても二次的に脳機能障害によって痛みが慢性化しやすいことが分かっています。

neglectは『認知無視』と『運動無視』という2つの症状からなっています。

『認知無視』:自分の身体を自分のものと感じない

『運動無視』:自分の患肢を動かす時は、目で患肢を見ていないと運動が行えない

また、痛みが持続して存在すると、本人は「痛みのある身体」という認識を脳内でインプットするので、記憶の中に「動かしたら痛い」と常に考えてしまう場合があります。

その際に…

「考えるだけで痛そうだから、もう何もしたくない」

といったようなネガティブな情動ばかりが想起されると、さらに痛みのある部位の不使用・不活動が進みかねません。

さらに、このようなネガティブな情動は報酬系に関わる“側坐核”の機能を抑制してしまうため、尚更痛みが慢性化しやすくなります。

※これについては以下の“情動的側面からみる『痛み』のリハビリテーション”をご覧ください。

これらを踏まえ私達が見るべき視点として、身体機能のみならず、患者様自身が『痛みに対してどのように向き合っているか』という、患者教育といった介入も必要になってくるのではないかと思います。

以下の図は慢性疼痛に至る神経プロセスを表しています。

『神経科学に基いた慢性痛に対するリハビリテーション戦略 森岡ら』より引用

痛みのメカニズムまとめ

このように、末梢組織の破綻から始まった一つの痛みシグナルは経過の進み具合によっては脳内の可塑的変化まで生じさせ、痛みを慢性化しやすくなってしまいます。

だから私達セラピストにとって大事なことは”いかに慢性化への移行を予防するか”といった部分になってきます。

そのためには、まずは患者様の痛みの性質が感覚的側面が強いのか、情動的側面が強いのか、認知的側面が強いのかを評価しそれに応じた訓練や、元々の性格がネガティブで痛みに対して固執しやすい方などは患者教育といったことも必要になってくるのではないかと思います。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次