リハビリテーションの現場をはじめ、整体院や鍼灸・整骨院などで恐らく最も多いであろう疾患。
それが、『慢性疼痛』ではないかと思います。
ここでいう慢性疼痛というのは例えば、術後3ヶ月以上経過しているのに一向に痛みが減らない方や、患部の炎症はすでに鎮静化しているにも関わらず痛みだけが残っている。
こういった患者様を指します。
そして、この慢性疼痛の中でも最も多いのが『腰痛』であり、その実態としては以下のようになっています。
厚生労働省によって毎年行われる国民生活基礎調査のデータによると、入院者を含まない腰痛の有訴率は約8.5%であり,男性では最も多く、女性では肩こりに次いで 2 番目に多い愁訴である。
『腰痛の疫学』より引用
また入院を含まない通院者率でみると,1 年当たり国民の約4.5%が腰痛に対する通院を行っており、高血圧や糖尿病などと並んで国民の多くが通院治療を必要としている。近年、日本でも一般住民を対象とした大規模疫学調査が行われ ており、代表的な大規模疫学研究の結果では、腰痛の有訴率は 25〜35%程度であると報告されている。
加えて、慢性腰痛の難しさ。
それは、「治療そのものが難しい」もしくは「完治に時間を要する」ということがあり、これが国内において慢性腰痛患者様が多く存在する一つの要因になっているのではないかと考えています。
本邦で「慢性の痛み」を対象に行われた大規模コホート研究では、国民の慢性腰痛保有率は7.8%で,実に慢性疼痛患者の 58.6%に腰痛の訴えがありもっとも多い愁訴であっ たと報告されている。また約70%は医療機関の受診経験を持つが疼痛が緩和したのは約20%と低く、60%以上は通院を中止していた。
『腰痛の疫学』より引用
なぜ、慢性腰痛の治療は困難なのか?
その理由として、これは腰痛に限った話しではありませんが「痛みの原因そのものが複雑になっているから」ということが挙げられます。
要は、急性疼痛のように患部に炎症などの問題がはっきり生じていれば、ターゲットが明確になるため介入方法も自ずと決まってきます。
しかし一方で慢性疼痛の場合は、患部の問題に加え痛みの所在が脳を含む神経系に移行している可能性がとても高くなることから、患部に対する徒手療法、物理療法のみでは改善しないということがほとんどです。
近年、慢性腰痛に対するリハビリテーションの進め方として最もコンセンサスを得られている方法があり、それが『運動療法と患者教育の組み合わせ』です。
実際、過去に行われた慢性腰痛に対する研究を見ると、運動療法のみが実施された群に比べて運動療法+患者教育を組み合わせている群の方が、『痛みの強度』、『運動能力』、『破局的思考』、『運動恐怖』、『圧痛閾値』といったアウトカムに有意な改善がみられています。(Bodes Pardo G,2018)
慢性疼痛患者様に対して推奨されている患者教育の方法を『疼痛神経科学的教育(PNE)』と言います。
というわけで、今回は慢性腰痛に対するリハビリテーションをテーマに、『運動療法+患者教育』のうち『運動療法』にフォーカスを当てた話しをしていきたいと思います。
PNEについては、別の記事で触れていますので今回は割愛します。
それでは、はじめていきます。
【痛みのリハビリ】慢性腰痛に対する最も効果が高い運動療法はこれ!
概要の説明
まず、慢性腰痛に対して最も効果が高い運動療法を解説するにあたって参考にさせて頂いた論文をご紹介します。
Which specific modes of exercise training are most effective for treating low back pain? Network meta-analysis.patrick,2020
この研究の目的は、非特異的慢性腰痛患者において「どの種類の運動が最も有効なのか?」という、今回のテーマに超ダイレクトな研究となっています。
そして特徴的なのは、この研究は従来のメタアナリシスとは異なりネットワークメタアナリシス(NMA)が採用されている点です。
従来のメタアナリシスは2つのグループの比較に限定されていたのに対し、ネットワークメタアナリシスは3グループ以上の比較を行うことができるので、より様々な方法論を比較し結論を出すことが可能になる。
これまでの解析では、運動トレーニングを伴わない超音波療法、温熱療法、マッサージなどの受動的な治療では、成人の非特異的慢性腰痛の痛みを軽減できないことが示されている。
同様に、非特異的慢性腰痛に対する特定の種類の運動を検討した研究では、ピラティス、スタビライゼーション/モーターコントロール、ヨガが運動トレーニングを行わない比較対象よりも痛みを軽減する可能性が示されている。しかし、このうちどの方法が効果的であるかどうかはあまり注目されていない。(patrick,2020)
慢性腰痛に対してエントリーされた運動療法一覧
運動療法群
No1. レジスタンストレーニング
骨格筋の筋力、パワー、持久力、サイズを向上させることを目的とした運動トレーニング
No.2 スタビリティ&モーターコントロール
脊柱&骨盤帯の制御と協調性を改善するために、特定の体幹筋をターゲットにした運動トレーニング。
No.3 ピラティス
呼吸法をはじめとする伝統的なピラティスの原則に従ったエクササイズ・トレーニング。
No.4 ヨガ
伝統的なヨガの原則に従った、身体的要素を含むエクササイズ・トレーニング。
No.5 マッケンジー体操
脊柱の運動を繰り返し、特定の方向への姿勢の持続など、伝統的なマッケンジーの原則に従った運動トレーニング。
No.6 フレクションエクササイズ
屈曲のみを用いた動作からなる運動トレーニング。
No.7 有酸素運動
陸上でのウォーキング、サイクリング、ジョギングなど心肺機能の効率と能力を向上させることを目的とした運動トレーニング。
No.8 水治訓練
プールなどを用いて水深の深いところや浅いところで行う運動トレーニング
No.9 ストレッチ
スタティック・ストレッチ、バリスティック・ストレッチ、ダイナミック・ストレッチによる運動トレーニング。
No.10 その他
上記の種類の運動トレーニングのいずれにも該当しない運動トレーニング
No.11 マルチモーダル(組み合わせ)
上記の種類の運動トレーニングのうち2つ以上が組み合わされているもの(ウォームアップまたはクールダウンの一部のみの場合はマルチモーダルとはみなされない)
コントロール群
No.1 コントロール
何の介入も行わない。
No.2 ハンズオン介入
セラピストによる手技療法、カイロプラクティック、受動的理学療法、整骨、マッサージ、鍼灸を含む治療法的な介入の実施。
No.3 ハンズオフ介入
ドクターによる管理が中心の介入であり、セラピストによる介入はなし。
以上の方法論をネットワークメタアナリシスにて解析し、どの方法論が最も慢性腰痛に効果的であるかを調べました。
ちなみに、この研究で用意されたアウトカムは以下4つです。
- 疼痛の強度
- 運動機能
- 精神心理機能
- 筋力
これポイントなのは、アウトカムが疼痛の強度だけに絞られていないという点です。
慢性疼痛の病態を考えると、痛みの強度を追いかけるのも大切なんですがそれ以上に「活動量と筋力がどれくらい上がっているか?」という点や「精神心理状態にどれだけ改善が見られるか?」という側面は長期的に慢性疼痛を完治させていく上でとても重要なファクトになるからです。
それでは、結果を見ていきましょう。
慢性疼痛に効果的な運動療法
『痛み』に対して効果的な運動療法
以下、採用された運動療法(コントロール群含む)とその結果得られたSUCRAを示します。
SUCRAはネットワーク・メタアナリシスの結果において治療効果の順位を表す一つの指標(%が高いほど治療効果が高いと言える)
・何も介入を行わない(コントロール群)
SUCRA:10%
・有酸素運動
SUCRA:80%
有意差あり(p値:0,006)
・その他運動療法
SUCRA:60%
有意差あり(p値:<0,001)
・ハンズオフ介入(コントロール群)
SUCRA:10%
・ハンズオン介入(コントロール群)
SUCRA:30%
・水治訓練
SUCRA:50%
・マッケンジー体操
SUCRA:40%
・マルチモーダル
SUCRA:50%
有意差あり(p値:<0,001)
・ピラティス
SUCRA:100%
有意差あり(p値:<0,001)
・レジスタンストレーニング
SUCRA:60%
有意差あり(p値:0,002)
・スタビリティ&モーターコントロール
SUCRA:80%
有意差あり(p値:<0,001)
・ストレッチ
SUCRA:30%
・ヨガ
SUCRA:50%
以上の結果となりました。
こと“痛み”に絞った運動療法の効果を見てみると、その効果が高い方法はピラティスと有酸素運動、スタビリティ&モーターコントロールであり、その他にも患者様自身が身体を動かすような運動療法的介入には鎮痛効果が高いことが明らかになりました。
非特異的慢性腰痛の治療において、一種類の運動トレーニングが唯一最良のアプローチであることは考えにくい。我々の研究は、ピラティス、レジスタンス、スタビリティ&モーターコントロール、有酸素運動トレーニングのような、セラピストが運動の指導を行い、それに伴って患者が段階的に動くような、患者自身に積極的に運動を促す「アクティブセラピー」が最も効果的であるという証拠を示している。(patrick,2020)
加えて、この結果でやや驚きな点は2つです。
一つは、ストレッチの鎮痛効果がそこまで高くないという事実です。
ストレッチといえば、痛みのある患者様に対してマストで行われそうな治療手段の一つな気もするし、実際現場では多用されているかと思います。
しかし、今回のネットワーク・メタアナリシスの結果をみるとストレッチの鎮痛効果自体はそこまで高くない事がわかりました。
おそらくこの要因としては、ストレッチ自体が受動的な運動療法という枠組みでデザインされている可能性が高く、患者様自身が積極的な運動を行うわけではなく、セラピストに「伸ばしてもらう」という側面が強いからかもしれません。
そして、もう一つ。
それは、運動療法なし(コントロール群)の介入ではほぼほぼ痛みが治らないという事実です。
つまり、患部に対してマッサージだけを行ったり、物理療法的介入のみでは中々痛みは治らないという事ですね。
この結果からも、やはり慢性腰痛に対してはできる限り運動療法を積極的に取り入れていく必要性が分かるのではないかと思います。
コントロール群(何もしない、ハンズオフによる介入、ハンズオンによる介入)は、非特異的慢性腰痛に対する介入として効果がない可能性が最も高いという低品質のエビデンスが存在することがわかった。(patrick,2020)
以上が、“痛み”に対して効果的な運動療法の結果です。
では、次は残りの3つのアウトカムである、『運動機能』・『精神心理機能』・『筋力』に対してどの運動療法が最も効果的なのか、それを解説していきたいと思います。
続きは『はじまりのまち』で!
参考文献
1)Pain Neurophysiology Education and Therapeutic Exercise for Patients With Chronic Low Back Pain: A Single-Blind Randomized Controlled Trial.Bodes Pardo G,2018
2)Which specific modes of exercise training are most effective for treating low back pain? Network meta-analysis.patrick,2020
コメント