私たち人含め、動物において「身体のある部位に与えた刺激により別の部位の痛みが抑制される現象」が生じることがあるのですが、これを広汎性侵害抑制調節(diffuse noxious inhibitory controls:DNIC)と言います。
DNICは臨床において応用可能な理論の一つでもあるため、今回はそのメカニズムと臨床での用い方(How to)などについて分かりやすく解説していきます。
なおDNICは、特に痛みに対する介入場面で活躍してくれる理論であるため、現在痛みのリハビリテーション等に携わっている方はぜひ最後までご覧ください。
【DNICとは何?】疼痛に対するアプローチとそのメカニズムを解説
DNICの作用機序(メカニズム
DNICのメカニズムを専門用語も交えて詳しく定義すると…
離れた部位の侵害刺激[条件刺激(conditioning stimulus:CS)]により、下位脳幹を経由して脊髄後角・三叉神経脊髄路核尾側亜核V層の広作動域(wide dynamic range:WDR)ニューロンが抑制されることで痛みの伝達を抑制する現象。
diffuse noxious inhibitory controls(DNIC)とconditioned pain modulation(CPM)―その概要とCPM評価法―大野 由夏, 小長谷 光
とされていますが、これだけだと中々ピンときにくいので、上記で引用させて頂いている論文をもとにDNICのメカニズムを簡単に解説していきます。
まずは、以下の図をご覧ください。
この図はDNICのメカニズムを表した模式図なのですが、一旦ここで登場しているキーワードを整理します。
- TS:本来痛みを感じている領域
この図で言うと『手』 - CS:DNICを発生させるための条件刺激
この図でいうと『足』
では、これを踏まえた上で実際にどのような流れでDNICが発生するのか、その流れをみていきましょう。
患部(TS)である手に痛みを伴っている状態
痛みを伴っている手ではなく足(CS)に対して侵害刺激を加える
CSから入力された侵害刺激は脊髄を上行する。
すると脳幹部分にてセロトニンやノルアドレナリンといった下降性疼痛抑制系に関わる物質が発生する。
下降性疼痛抑制系に関連する物質はTSの侵害刺激情報に対して抑制をかける。
具体的には、TSから入力された侵害刺激情報が脊髄を上行する途中の『WDRニューロン』に対して抑制をかけることで痛みの伝達をシャットアウトすることで痛みが抑制される。
WDRニューロンとは?
WDRニューロンとは痛みの伝導路シリーズPart②で出てきた二次侵害受容ニューロンで、一次侵害受容ニューロンから脊髄後角でバトンパスを受け視床まで痛み情報を伝達する神経のことです。
DNICは、侵害刺激を用いて患部における痛みの伝導路の途中をシャットアウトすることによって疼痛の抑制を図っているというわけですね。
慢性疼痛患者はDNICが効きにくい
では、DNICはどのような痛みに対しても万能にその効果を発揮するのか?
というと、答えは『NO』です。
現在、いくつかの研究で示されている事実として「慢性疼痛患者においてはDNICが効きにくい」ということがわかっています。(Oono,2014)
この理由としては、先ほど説明したDNICのメカニズムにあります。
DNICは、セロトニンやノルアドレナリンといった下降性疼痛抑制系を介した鎮痛メカニズムなのですが、実は慢性疼痛患者というのはそもそも下降性疼痛抑制系が機能しにくくなっているという特徴があるのです。
疼痛が慢性化している症例では、下降性疼痛抑制系の機能が低下していることがわかった。(大住.2018)
デンマーク人を対象としたわれわれの研究で、顎関節症患者ではCPM(DNIC)が抑制されること、CPMの抑制は疼痛部位(顎関節・咬筋)のみならず全身で生じることから,慢性疼痛患者ではCPMが低下し痛みの調節機能が減弱していることが示された。さらに、線維筋痛症、骨関節炎、過敏性腸症候群、慢性緊張型頭痛、片頭痛、非定型三叉神経痛など他の慢性疼痛患者でもCPMが減弱することが報告された。このように、慢性疼痛患者では健康成人と比較してCPMが減弱する、すなわち痛みの調節機能が減弱しているという報告がなされた。(大野,2019)
下降性疼痛抑制系とは
よって、誰彼構わず使える理論かと言われるとそれは違うので、しっかり病態解釈を先に行ってから「必要であれば用いる」という意思決定の進め方が良いのではないかと思います。
DNICの臨床応用
では、実際にDNICをどのように臨床で用いていくのか、その方法論について解説していきます。
ここでは、鈴木重行先生の論文を引用させて頂きましたので、ご興味ある方はぜひ原著をご覧になってみてください。
DNICを用いる際の手順は以下のように設計されています。
- (A)疼痛がある部位とその閾値を確認する(TSの確認)
- (B)他の部位(CS)に侵害刺激を加える
- (C)CSに侵害刺激を加えている時にTSの痛みが抑制されているかを確認する
- (D)TS付近に対して圧刺激を10〜20秒加える
- (E)TSの痛みが抑制されているかを確認する
以上が臨床で実際にDNICを実施する際の大まかな流れになります。
これを参考にしながら活用されてみてください。
リアルなDNICの効果(筆者の主観)
それでは最後に、私きんたろーが臨床現場で実際にDNICの効果に関する感想を述べたいと思います。
完全にきんたろーの主観であり科学的根拠などは一切ございませんので、その辺りご理解頂けたら幸いです。
DNICを臨床で利用していて実感していることは大きく2つです。
- 即時効果はあるものの、鎮痛自体の持続時間は長く続かない。
- DNICによる鎮痛はあくまでも一時的な疼痛緩和なので、それで痛みの問題が全て解決したと思わない方が良いかもしれない。
DNICの最大のメリットは、病態にもよるが「即時効果はある」という点です。
例えば「運動療法を行っていきたいが痛みがあるから動けません」というように、痛みに対する強い恐怖心を抱いていたり、もしくは、痛みがあることで破局的思考に陥っている患者様というのは結構いるのではないかと思うんです。
こういった場合に、一時的にでもいいからDNICで鎮痛を図り少しでも「痛みなく動ける経験」が積めると一気に突破口が開けてくる瞬間があったりするので、こういう場合に非常に有効的に活用できるかなと思っています。
全ての理論にはメリットとデメリットが存在するので、DNICのメリットに目を向けつつそれが活かせる場面でしっかり使って頂けたら良いのではないかと思います。
参考文献
1)diffuse noxious inhibitory controls(DNIC)とconditioned pain modulation(CPM)―その概要とCPM評価法―大野 由夏, 小長谷 光,2019
2)Conditioned pain modulation in temporomandibular disorders (TMD) pain patients.Oono,2014
3)筋・筋膜性腰痛に対する運動療法の効果・検証.鈴木重行,2004より引用
コメント