今回は『運動制御とリハビリテーション』というテーマで、私たち人が四肢を円滑に動かせるその仕組みについて解説していきたいと思います。
この記事を読めば…
- ヒトの運動制御がどのように行われているかを学べる
- 認知神経学的と生態心理学的な運動制御の考え方を学べる
- 『運動の自由度問題』とは何かを説明できるようになる
- 現在の運動制御理論の考え方を学べる
上記のテーマが理解できるようになるかと思います。
リハビリテーションに携わる全ての方に必要な知識であることから、ぜひ最後までご覧いただき明日からのリハビリテーション戦略に活かしていただけたら嬉しいです。
運動制御理論とリハビリテーション
バリエーションに富んだヒトの運動
私達ヒトは、あらゆるバリエーションに富んだ行為や巧みな運動を行えます。
様々な環境の変化にも対応でき、すぐに順応して新たな行為を創発する身体を持っています。
例えば、人混みの中を上手にぶつからないように歩いたり、平均台の上を器用に歩いたり…特に練習などしなくとも、このような巧みな運動をいとも簡単に行えてしまいます。
ただ、そうすると一つの疑問が湧いてきます。
それは…「このような多彩なバリエーションに富んだ運動は果たしてどのような機序(メカニズム)で生じているのか?」ということです。
これについては諸説あり、現在も明らかになっていない部分はありますがひとまず今回は2つの学問からそのヒントを紡いでいきたいと思います。
認知神経学による運動制御理論
バリエーションに富んだヒトの運動パターンにおいて従来は、『身体に対する運動司令の1つ1つは大脳皮質が命令しているものである』と考えられていました。
つまり、運動の命令は大脳皮質一次運動野(M1)から皮質脊髄路を経由して末梢神経系にシナプスし、シナプスを受けた末梢神経系(例えば筋皮神経)は対応する筋肉(例えば上腕二頭筋)に作用することで、結果として運動が発生するわけです。(肘が屈曲する)
運動の連続は『行為』になり、行為の中にある沢山の運動は全て脳が一つ一つ司令を下しているというのが、『認知神経学』という学問による運動制御の考え方です。
養成校などで習う運動制御の知識は、基本的にこの認知神経学の考え方を採用している場合が多いため、ここまでの話しがしっくりくる人は多いのではないでしょうか?
生態心理学による運動制御理論
ヒトの運動一つ一つは脳が司令塔になって行われている
このような認知神経学の考え方に対して、一つ相反する理論を提唱している学問があります。
それが「生態心理学」という学問です。
生態心理学を創始したのはギブソンという人物で、彼は…
人の身体運動は脳の司令によって生まれるのではなく、環境と身体の相互作用によって創発されるのだ!
と、提唱したのです。
こう聞くと、『脳は運動の司令を行っていない』というように聞こえますが、決してそういうわけではありません。
そうではなく、ギブソンがここで呈した疑問。
それは「行為が連続的に行われる中で、果たして全ての運動1つ1つに脳が司令塔として命令するのは可能なの?」ということです。
『水を飲む』という行為一つとっても、その中には膨大な運動が含まれてるのに、それを脳が全てコントロールしてるのは流石に無理があるんじゃね?
なぜ、認知神経学のような『脳が司令塔である』という考え方では運動の創発に無理があるのでしょうか?
その根拠の一つとなっているのが「運動の自由度問題」といわれるものです。
運動の自由度問題とは
『運動の自由度問題』とは、運動生理学者のニコライ・ベルンシュタインが提唱した運動制御に関しる問題提起で、別名『ベルンシュタイン問題』とも呼ばれています。
※ベルンシュタイン問題について詳しく知りたい方は、この本がすごくおすすめです。
さて、私達の身体にある筋-関節を観察すると非常に多くの自由度を持っていることにお気づきでしょうか?
例えば『肩関節』と『股関節』
肩関節や股関節というのは学校でも習うように「球関節」という分類に入ります。
球関節は運動の自由度がとても大きく前後・左右・斜めといった三次元空間の中であらゆる方向に動かすことができ、これはヒトにしかない解剖学的な特徴になります。
犬や猫のような四足歩行を行う動物を見てみると、基本的に犬や猫の脚は前後の動き(クランク)しか行なえません。
ヒトと違い手(前脚)で物を掴んで口に運んだりするといった行為を行わず、基本『移動のみ』に必要な関節だからこそ、このような解剖学的特徴であっても何も問題がありません。
一方で、ヒトの手や足は移動手段以外に様々な行為の実現に利用されることから、肩関節や股関節というのは非常に多くの自由度をもっており、これに肘関節や膝関節、手関節や足関節などの動きを加えると、実に100以上の運動の自由度を備えているわけです。
さらに、ここに『体幹』や『頚部』などの動きも加えればさらに自由度の数は増します。なおかつ歩いたリ、走ったりする時はこのような関節や部位が瞬間的に同期したり、または別の動きをしたりとかなり複雑な運動制御を要求されることになります。
このように複雑な運動の組み合わせを一瞬で実行しようと考えた場合、一つの大きな困難な要素が浮かび上がるのです。
それは、「いったいこのような膨大な運動制御を一体誰が行っているのか?」という問題です。
『歩行』という至って単純にさえ見える運動でさえ、その構成要素を分解すると股関節・膝関節・足関節を同時に協調させ動かしていく必要があるわけです。
冒頭の話しに戻りますが、認知神経学的な考えであれば、この運動制御は全て『脳』が行っていると考えているのです。(この後、詳しく話します。)
一方で、ギブソンやベルンシュタインは「流石にこれだけ複雑な運動制御を脳が毎度指令するのは無理があるだろ…」と考えており、もし歩いたリ、走ったりするたびに各関節運動の一つ一つを脳が制御するとしたら…
一秒おきに変わる足の変化を脳は莫大な演算を行いながら運動制御を行わなければなりません。
これが『運動の自由度問題』です。
『運動の自由度問題』の実例と運動制御理論
それでは、ここまで理論的に解説してきた運動の自由度問題を実際の動作レベルに置き換えて考えてみましょう。
ここからの話しは私たちがリハビリテーションを進めていく上で非常に重要な意味を持つので、ぜひ知識を知識で終わらせないよう読み進めてみてください。
「コップを取る」という運動
例えば、テーブルの上に置かれているコップを取る動作を考えてみましょう。
私達は目の前に置かれてあるコップを取る際、特に意識せずリーチして掴むことが出来ます。
その際、コップに手を伸ばすといった単純な動作だけでも、それを実現するための腕の出し方(上肢の運動軌道)は実に何通りもあります。これは上肢には肩関節・肘関節・手関節・(手指)があり、これら各関節運動の組み合わせによって異なる腕の動きが可能だからです。
そうなると…
各関節での運動の組み合わせというのは無数に存在し、加えて各関節における筋活動のバリエーションも組み合わせるとさらに運動のパターンは多くなります。
そして、その筋活動のバリエーションが多いということはそれに対応する運動単位の動員数のパターンもよりミクロレベルで増えるので、全てトータルすると運動制御のバリエーションは莫大な量の組み合わせが存在することになります。
これらを踏まえた上で日々の臨床に少し思考を展開すると…
「私たちが日頃リハビリテーション場面において単関節運動のみを何度も繰り返すような方法が果たして効果があるのだろうか?」という一つの疑問が生まれます。
なぜなら、運動の組み合わせが莫大な量存在するということは、同じ運動ばかりを繰り返す運動はむしろその運動の自由度を奪ってしまっている可能性があるからです。(つまり、“このパターンでしか運動が行えない”という状況をつくっている)
もちろん、脳卒中後片麻痺などのリハビリテーション場面においては日常生活での行為の実現を考えると、運動の自由度をあえて減らす戦略もアリだとは思いますが、これを『意図してそうすること』と『結果的にこうなってしまう』ことでは少し意味合いが違ってくると思っています。
認知神経学による運動制御の考え方と問題点
前半でも触れた通りですが、認知神経学の考えによる運動制御モデルの捉え方としては、脳が各関節・筋・運動単位のバリエーションを全て記憶し、状況の変数に応じて適切なものを指令する。という考えを示しました。
しかし、ここまで見てきたように、刻一刻と変化する環境の中で脳が一つ一つの関節・筋・神経にそれに応じた指令を提供するとなると脳自体に求められる演算が計り知れないものになり、変化する環境全てを記憶すること自体が、現在の脳の大きさでは無理ではないか?と唱えられ始めました。
つまり、先ほどのリーチの話しでいうと、何通りも考えられる運動のバリエーションを一個一個脳が命令しているのだとすれば、脳は莫大な記憶力が求められるということです。
このような運動の自由度問題に関して概念化したのが以下の図です。
この図の状況をざっくり説明すると…
まず大脳皮質に小人がいて、彼は過去の記憶から運動のレパートリーを引っ張りだしてきて、その情報に基いて一次運動野の鍵盤を叩き臨む運動を実現しようとしています。
記憶に基いて小人が運動制御パターンを選択するということは、その記憶の楽譜を半端じゃないくらい保存しておかないといけなくなるわけです。
現在の運動制御理論とリハビリテーション応用
認知神経学的な運動制御理論では、あまりにも多すぎる運動の自由度問題を解決できないため、現在ではどちらかといえばギブソンやベルンシュタイが提唱する『生態心理学』的な運動制御理論に支持が集まりがちとなっています。
ただ、ここで大切なのは「ここまで話してきた理論的な内容をどのようにリハビリテーションに応用するか?」ということです。
先ほど、少しだけ実際のリハビリテーション場面に思考を置き換えて運動の自由度問題に触れましたが、生態心理学的な理論を実際に臨床に活かそうと思った時には何を考えれば良いのか?
そのヒントとなるのが『シナジー』というキーワードです。
これは、ベルンシュタインが提唱した理論で、「いくつかの筋肉はあらかじめ組み合わせが決まっており、これによって自由度問題を解決している」と述べているのですが、実際にこの『シナジー』の存在は様々な研究によっても明らかにされていることから、比較的信憑性の高い理論であることが証明されています。
『シナジー』に関する記事はこちらに詳しく書いているのでご興味ある方はご覧ください。
なお、ベルンシュタインの書籍にも筋シナジー仮説については書かれているのでご興味ある方は合わせてご覧になってみてください。
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