学会発表を終えて…

こんにちわ!きんたろーブログ(@kintaroblog)です!(^^)!

 

さて実は、僕は毎年一年を通して最初に集大成とする目標を決めています。

 

昨年は『イタリア研修』でした。そして、もう少しでPTとしての二年目を終える今年の目標として掲げていたのが『学会発表』でした。

 

その今年の集大成となる学会発表(第28回福岡県理学療法士学会)を昨日、無事に終えることができました。

 

発表内容に関しては割愛させていただきますが、今回僕はポスター発表を行ったのですが、発表終了後には他施設の先生方が個人的に質問に来てくださり、様々なディスカッションを行うことができました。

 

その中で、ぼく自身が今学会で感じたこと、特に今後の理学療法士としての働き方について強く感じることがあったので、この場を借りて少しお伝えしようと思います。

 

まずはじめに。

見栄を張ってもしょうがないので正直に書かせて頂きますと、発表後に多くの先生方からご意見を頂いたのですが、圧倒的にご指摘が多かったです。

 

その内容としては、特に発表に関しての着目した点における根拠の不十分さや、表現の曖昧さなどに関して、また反証作業の甘さと、それによるロジックが不十分だった点です。

 

『あなたの治療によって改善したの?この内容だと自然回復ともとれるよね?』

 

僕の中ではロジックがあって、挑んだ今回の学会。しかし、そうして作った武装なんていとも簡単に崩れ去りました。

 

それほどまでに、的確でした。

 

なぜなら、病態解釈も治療選択に関しても、他の要因で改善した理由を排除出来ていなかったからです。

 

視点の浅さなど、数えきれないほどの原因はあるのですが、さすがにそこまで掘り下げて書くとメンタルが崩壊しそうなので、冒頭でお話しした『今後のPTとしての働き方』に関係のある部分として一つの要因を取り上げたいと思います。

 

それが、評価結果を含めたアウトカムが視覚化もしくは数値化出来ていなかった点です。

 

今回の僕の発表は主に、患者様の主観と数少ない客観的評価でのアウトカムでした。

 

しかし、学会発表で、特にポスター発表という動画などのツールも使えない少ない情報の中で、病態解釈やリハの内容を、実際の患者様を見ていない他者に伝えるにはやはりどうしても改善率を数値化、もしくは視覚化していく必要があります。

 

今までの理学療法士はどちらかというと、患者様の動作の変化に重きを置いたものが多かったです。

 

つまり現象学的側面がアウトカムの一つの指標となっていました。

 

臨床的には、患者様の変化が最も大事なのでこれで良いかもしれません。

 

しかし、学会といったアカデミック(学術的)な場所で他者に理学療法によって改善したことを伝えるには

『動作がこんな風に変わりました!』

だけだと、読み手次第で偏りが出てしまいます。

 

となると、他者に伝わるような結果を提示するにはやはり数値化やデータ化といった手続きが必要になると思いました。

 

ただ、こんな風に、「データ化だ」「数値化しろ」「視覚化しろ」という風なっていくと必ずこんな人達が出てきます。

 

「患者様が置いてけぼりじゃん」

「患者さんが実験台じゃん」

「数字苦手だし」

 

こう言った人達がいるのは事実ですが、別に否定しようとも思いません。

 

ただ、現在『理学療法士はこれから給料上がらない』や、『理学療法士は専門性がない』といった風潮が最近特に強くなっているのは皆さんご存知だと思います。

 

何事も否定するのはめちゃめちゃ簡単な事なので、ではちょっと視点変えてみましょうか。

 

『どうすれば、給料が上がって専門性が勝ち取れると思いますか?』

 

さて、いかがでしょうか。

 

では、ちょっと僕なりの答えを今からお伝えするので、少しお付き合いして頂ければ幸いです。

 

さて、結論から言いうと、私たちが今後、専門性を見出し、理学療法士の“価値”を高めていくためには、どうあがいても数値化・視覚化された結果が必要です。

 

その理由は、患者様がPTを選んで病院に来ているわけではないからです。

 

患者様がPTを選ぶ時代なら、私達の価値を提供するのは患者様だけで全然OKです。

 

なぜなら、別にややこしく数値化なんてしなくても、良くなったと感じた患者様が自費でリピーターとしてセラピストに対価を支払えばいいからです。

 

ただ、現実今はそうじゃありません。

 

PTは病院や施設に守られている存在なので、リハビリテーションの対価自体は患者様から直接頂くのではなく、診療報酬や介護報酬といった保険料から賄われている形になっています。

 

という風に考えると、今後の診療報酬をはじめとした、私達に関わってくる“お給料”や“開業権”といった部分に限っていうと、価値を提供する相手は“国”になるわけです。

 

“国”のお偉いさんに、PTの価値を提供し、認めて貰わなければなりません。

 

しかし、その際に『価値の示し方』として

『歩き方がこんな風に良くなりました』

という動作の変化をアウトカムにしても、それはそれを専門的にみるPTにしか分からないことで、一般の人には伝わりません。

 

では、何がわかりやすい“価値”の示し方になるのかというところですが。

 

まず大前提として、その価値というのは、皆が納得出来るようなものでなければなりませんから、そうなれば必然的にアウトカムとして『数値化』や『データ』といった可視化されたものになってくるてしょう。

 

改善率が視覚化されていれば、どのくらい良くなったのかも一般の人でも見たら分かりますから、そうすると、PTの価値を提供出来るのでは?と僕は思うのです。

 

で、それを踏まえて今回学会に参加させて頂き周囲を見渡して見ましたら、やはり皆さん何かしらのデバイスを使って結果を視覚化していました。

 

『戦っているな』と。

 

思わずにはいられなかったです。

 

私達が患者様に提供する“価値”と、自分達の専門性を確立するために国に提供する“価値”は違う。

 

PTの将来に嘆くのならば、数値化することやデータと言った部分が嫌いでも、それに向き合わなければなりません。

 

『給料欲しい。開業権くれよ。でもデータや数字は嫌いだ。』

 

これはさすがにワガママもいいところです。

 

キングコング西野さん風にいうなら

『アホをこじらせて来夏まで寝込ばいい。』

 

おわりに。

今回、学会発表に参加させて頂いてぼく自身は、『反省だらけ』の一言なんですが、しかし、だからこそ気づくことが沢山あったり、他の方の発表を拝見させて頂く中で、今後の理学療法の進み方を想像するきっかけになりました。

 

2年目の締めくくりにこのような機会に触れることができ本当に良かったと思います。

 

また、学会発表の本質として僕が1番有意義だと感じることがあります。

 

最後にそれをお伝えして終わりにしようと思います。

日々のリハビリを振り返りもせずに淡々とこなすだけだったら、どうしても空想論だけが独り歩きして自分の都合のいいような解釈が入ってしまいます。

そういった意味で、振り返るツールとして学会っていう場は非常に大事だと僕は思うのです。

 

 

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