痛みのリハビリテーションを進めていく上でもはや欠かせないものとなってきたファクトが『痛みに対する情動的側面』や『痛みに対する認知的側面』です。
これは、単に身体(筋骨格系)にフォーカスした病態解釈ではなく、破局的思考や不安、抑うつ、社会的背景といったより広い視点でリハビリテーションを展開していくことです。
これらに加え、痛みを拗らせてしまう因子として近年トピックになっているのが『運動恐怖』です。
運動恐怖というのは、痛み体験によって生じた運動に対する恐怖心のことで、これが強くなると運動そのものが抑制されその結果として不活動が増したり、患部の学習性不使用といった二次的な問題を招いてしまう可能性があります。
そこで今回は、痛みのリハビリテーションに欠かせない運動恐怖心の評価方法である、『Tampa Scale for Kinesiophobia(TSK)』の使い方やポイント、エビデンスなどについて解説していきます。
ぜひ、現場でTSKを使いこなしてもらい、痛みで悩んでいる患者様の回復のお手伝いをして頂けると幸いです。
【カットオフ値あり】運動恐怖心の評価であるTampa Scale for Kinesiophobia(TSK)を使いこなそう!
運動恐怖と痛みの関係
はじめに、改めて運動恐怖と痛みの関係について整理しておきたいと思います。
まず、運動恐怖とは何かというと…
運動恐怖とは動作や再受傷への恐怖で、痛みを伴う受傷あるいは再受傷に対する脆弱感から生じる身体運動や活動に対する恐怖感のこと。
顎関節症用 Tampa Scale for Kinesiophobia 日本語版の開発.瓜谷,2017
と定義されています。
運動恐怖心はあるからといって直接的に痛みを拗らせたり慢性化させるわけではありません。
問題になるのは、運動恐怖心があることによって「身体活動量が低下してしまう」もしくは「患部の不使用」が起こってしまうことです。
痛みのリハビリテーションを進めていく際に、運動療法を取り入れるというのは必ず必要な手段になってくるのですが、臨床のリアルな場面を想像すると、痛みを訴える患者様に対してそう簡単に運動療法を実施できないケースがあります。
そのトリガーとなる因子の一つに『運動恐怖』があるのです。
例えば、「痛みがあるから運動したくない…」だったり「動くとまた痛くなるんじゃないか…」というように、運動に対する強い恐怖心を持っている患者様を担当したことは皆さんも一度はあるのではないでしょうか?
もしくは、「痛みがある部位を動かすとさらに痛みが増しそうな感じがして怖いから、出来るだけその部位を使わないようにしよう…」という戦略をとっている患者様も一定数いて、これが続くと患部における学習性の不使用が加速してしまうわけです。
このように身体活動量が低下したり、患部における学習性の不使用が続くと痛みというのは慢性化しやすくなっていきます。(中枢神経系における疼痛抑制機構が機能しなくなるから)
痛みの改善に身体活動量が大切な理由
痛み(特に慢性疼痛)のリハビリテーションを進めていく上で身体活動量を追うことが大事な理由。
それは、活動量が増える(=運動を行う)ことによって痛み(特に慢性疼痛)が緩和するという報告が数多く挙がっており、活動量の増加と痛みの緩和に相関関係があるからです。
慢性疼痛患者において、処方された運動はほとんどの疼痛に対して有効な治療法であり、運動と理学療法の利用は障害と医療費の削減に有効であることが長い間認識されている。
Exercise-induced pain and analgesia? Underlying mechanisms and clinical translation.Sluka KA,2019
逆に、「慢性疼痛患者が健常者と比較してどれだけ活動量が少ないのか?」というのも明らかになっており、それを表しているのが以下の図になります。
- FM=線維筋痛症
- HC=健常対照者
- PF=身体的疲労
Bの図は、1週間における線維筋痛症患者と健常者のエネルギー消費量の違いを表している図。
線維筋痛症患者は健常者に比べてエネルギー消費量が著しく少ないことが分かる。
Cの図は、線維筋痛症患者と健常者の一日の運動量の違いを表している図。
線維筋痛症患者は健常者に比べて1日の運動量が少ないことが分かる。
このように、慢性腰痛を患っている人の多くは日常的に身体を動かすという機会が少ないことが分かるかと思います。
運動恐怖が強いと患部の不使用を招く
急性腰痛を持つ患者様を対象に、上・中・下段にあるものを拾う時のバイオメカニクスを分析した研究があります。
この結果わかったことは、運動恐怖心が強い人とそうでない人では物を拾う時の動き方に違いがあることが分かりました。
具体的には、運動恐怖心が強い人は特に下のものに対してリーチしようとした時に患部である腰椎をあまり動かさず、それ以外の関節運動(股関節や膝関節)で代償しようとする動きが見られました。
このように、運動恐怖心自体がパフォーマンスそのものに影響を及ぼすことも容易にあるのです。
だからこそ、このような身体活動量の低下を招いたり患部の不使用を加速させるトリガー因子である『運動恐怖心』を評価、改善していくことがとても重要になるわけです。
Tampa Scale for Kinesiophobia(TSK)
それでは、ここからは運動恐怖心を実際に評価することができる評価バッテリーをご紹介していきたいと思います。
評価名は『Tampa Scale for Kinesiophobia』といい、臨床では『TSK』と呼ばれることがほとんどです。
TSKの概要は以下です。
- 運動に対する恐怖感を評価する
- 17項目4段階(少しもそう思わない・そう思わない・そう思う・強くそう思う)
- 最低点が17点、最高が68点となっており、高値になるほど運動恐怖が強いことを示す
- 37点を超えると運動恐怖が強い状態といえる(カットオフ値)
TSKの評価項目一覧
それでは、以下にTSKの評価項目を一覧で示します。
それぞれの質問をよく読み、あなたの考えや気持ちとして最もよく当てはまる数字に◯をつけてください。
採点項目
- 少しもそう思わない
- そう思わない
- そう思う
- 強くそう思う
- 運動すると体を傷めてしまうかもしれないと不安になる
- 痛みが増すので何もしたくない
- 私の体には何か非常に悪いところがあると感じている
- 運動した方が私の痛みはやわらぐかもしれない
- 他の人は私の体の状態のことなど真剣に考えてくれていない
- アクシデント(痛みが起こったきっかけ)のせいで、私は一生痛みが起こりうる体になった
- 痛みを感じるのは、私の体を痛めたことが原因である
- 私の痛みが何かで悪化しても、その何かを気にする必要はない
- 予期せず体を傷めてしまうかもしれないと不安になる
- 不必要な動作を行わないように、とにかく気をつけることが私の痛みを悪化させないためにできる最も確実なことである
- この強い痛みは私の体に何か非常に悪いことが起こっているからに違いない
- 私は痛みがあっても、体を動かし活動的であれば、かえって体調はよくなるかもしれない
- 体を傷めないように、痛みを感じたら私は運動をやめる
- 私のような体の状態の人は、体を動かし活動的であることは決して安全とは言えない
- 私はとても体を傷めやすいので、全てのことを普通の人と同じようにできるわけではない
- 何かして私が強い痛みを感じたとしても、そのことでさらに体を傷めることになるとは思わない
- 痛みがある時は、誰であっても運動することを強要されるべきではない
TSKのエビデンス
それでは、最後に現在までにTSKに関して報告されているエビデンスを解説していきたいと思います。
この論文から分かるポイントをまとめるとこんな感じ。
- 非特異的慢性腰痛と診断された142名の患者が対象
- 痛みの強度、運動恐怖、日常生活活動などの関連性を評価
- 痛みの強度(VAS)と運動恐怖(TSK)は強い相関を示した。つまり、痛みが強いほど運動恐怖心も強い可能性がある。
- 腰痛特異的活動量評価であるOswestry Disability Index(ODI)とTSKは強い相関がある
- 運動恐怖は痛みの強度や痛みによるADLの制限にかなり影響を与える
参考文献
1)顎関節症用 Tampa Scale for Kinesiophobia 日本語版の開発.瓜谷,2017
2)Exercise-induced pain and analgesia? Underlying mechanisms and clinical translation.Sluka KA,2019
3)Pain-related fear is associated with avoidance of spinal motion during recovery from low back pain.Thomas JS,2007
4)The Chinese version of the Tampa Scale for Kinesiophobia was cross-culturally adapted and validated in patients with low back pain.Wei X,2015
コメント